読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

フォロワーの8割が南国の楽園で暮らしている

きのう、テレビを見ていたら、生まれたときから両足のない、米国の女の子が紹介されていた。

彼女は、タイの孤児院にいたのだけど、アメリカ人夫妻に引き取られて、アメリカに来たそう。

それから、障がい者の競技スポーツを始めて、現在は、スポーツ選手、モデル、Instagramなどから収入を得て、ルームシェアしながら、自立して生活しているということだった。

年齢は22か23歳。画面を通して見る彼女は、とてもポジティブで明るく、それでいて楽天的なだけでなく、知性を感じさせる美しい女性だったから、僕は一瞬で恋に落ちてしまった。

僕が恋に落ちるのは、誰も興味がないから、どうでもいいことなのだけど、近ごろ、生き方の多様性が進化しすぎているんじゃないかな。

僕はツイッターをやっているのだけど、毎日のように「フォローされた」という通知が来る。それは、僕が人気者というわけでなく、どうやら自己アピールを兼ねた、ビジネスライクなフォローをしているらしい。

そこで僕は、フォローしてくれた人の、つぶやきやサイトを見にいくのだけど、だいたい8割は、ネットビジネスに大成功して、南国の楽園のようなビーチで生活している。


f:id:cild:20160825094342p:plain


時間にも、人にも縛られず、ネットで大金を稼ぎながら、世界中を自由に行き来する人が、こんなにもいるのか…、というほど、金銭的な自由を手に入れているのだ。

その真偽はともかく、彼らは、自分のように生きるノウハウを、教えてくれると言う。たいていは、情報商材のようなビジネスなのだろうけれど…。

僕は、その良し悪しをどうこう言うつもりはなくて、注目してるのは、それがいい暮らしと感じる価値観なんだよ。

ひと昔まえなら、会社で出世する方法とか、商売でお金持ちになる方法とか、相対評価というか、社会的に認められて、他人より上に立つことが成功とされていたんだよね。

ところが、現在の、世界旅行では、何かを創造することでも、他人に評価されることでもなく、ただ、必要最低限の収入を得て、世界ひとり旅するのが憧れの対象になっている。

よく考えてみれば、航空券の手配から、言語、通貨、荷物など、もろもろの雑事を、ぜんぶ自分で手配して、知らない国から、知らない国へ旅するというのは、相当なストレスじゃないだろうか。

それなら、会社で出世して、愛人と飛行機のファーストクラスに乗って、地中海クルーズした方がいいし、小さく起業して、気の合うお嫁さんと、正月はハワイ、お盆は東南アジアあたりで、シュノーケリングした方が、よっぽど気楽でいい。

僕は、もしも、宝くじ的な幸運で、億単位のお金が入ったら、次の日から、会社や仕事とは縁を切って、どこかにマンションと車を買い、ぶらぶら旅行して生活すると思う。

これって、実はとても貧しい発想なんだよ。

僕の「現在」が、社会的には誰からも無価値であるって、自分で証明するようなものだから…。

つまり、世界旅行に憧れる若者は、その人生に可能性でなく、40歳を過ぎて、何者でもないポンコツな僕と、同じ絶望しか見えてないってことなんだ。

働き方が多様化して、ライフスタイルも自由に選べるように、なりつつある。あと20年もすれば、ロボットがバリバリ働いて、底辺の仕事は失われていくと思う。

そのとき、自分になにができるのか、それとも、何も成さずに、無になっているのか、両足のない女の子を見ながら、考えていた。