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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ



「お金あるのに図書館で本を借りる女はズルい」という話を女子中学生が熱心にしていた

暮らし

先日、近所のファミレスで女子中学生と出会った。

僕がその二人に気づいたのは、ガストのドリンクバーからの帰り道だった。注いだばかりで、甘い香りの立ちのぼるココアを片手に、自分のテーブルへ戻っていると、窓ぎわの席に二人の女子中学生を見つけた。

近所のS中学校の制服だった。ひとりは髪をアップにして頬杖をつき、もう一人はまだあどけない表情で前髪をパツンと切りそろえた少女だった。二人は食べかけのランチを挟んで、なにやら深刻な様子で話しをしていた。

僕はテーブルに戻ると、すぐさまヘッドホンを外して、スマホの音楽を止めた。そして真後ろの席に座る女子中学生の会話に耳を澄ませた。

「その本、借りれんやったと?」

「うん。それはいいんよ。順番やから。でも時計つけとったんよ」

「時計?」

「うん。カルティエの腕時計しとった」



「それって高いん?」

「高いよ」

「男にもらったんやないと?」

「…そうかも知れんけど、それだけ生活レベル高いってことやろ」

「それも、そうやね」

「そうやろ?そんな身分やったらさ、自分で買ったらいいやん。なんでわざわざ図書館で借りるん?借りんでもいいんよ。自分で買えるんやから」

「図書館タダやから、使わな損って思うんかな…」

「その考えがズルい。最低やわ」


話の途中からなので、解りにくかったけど、簡単にまとめてみる。

女子中学生は、図書館に本を借りに行ったけど、読みたい本は貸出し中になっていた。

出口ですれ違った女性(25歳〜30歳)が、借りたい本を持っていた。

その女性は高価な腕時計をしていた。

そんな物を買う余裕(お金)があるなら、図書館で本を借りずに自分で買え。

お金を持っているのに、図書館で本を借りるのはズルい。


と、いうことらしい。


僕はまず、図書館は収入によって貸出しの差別をしたりしないよ、という反論を思いついたのだけど、どうも弱い。

次に、ルールを守っているのだから、誰が借りても文句をつける筋合いではない、と言いたいけど、女子中学生はそれで納得するかな。

直感的には、女子中学生の主張は間違っている、という確信はあるのに、明確な根拠を見出せずにいる。それは、結局のところ僕が図書館の存在意義というものを、よく分かっていないからだろう。

僕の場合、本は自分で買うと決めている。それは、うっかりページに折り目をつけてしまったり、お菓子の油で汚してしまったりするからだ。

他方で、本は図書館で借りて読む層が、一定数存在するのは理解できる。それは、金銭的に不自由な学生であったり、利用できるサービスを賢く利用する、くだんの女性などだろう。

そう考えると、図書館で借りるしか選択肢のない女子中学生の主張も、あながち間違いとは言えない。

しかし、収入に応じて、貸出しの順序を決めるなら、収入を証明する手続きが必須になってしまう。わざわざ貧乏ですと証明してまで、本を借りるかな。

いや、学生に限定して優先すればいいのか。

そもそも、読みたいと望むならば、場合によっては、僕が買ってあげたっていい。

そうだ。僕が買ってプレゼントしてあげればいい。

素晴らしい思いつきに、僕はあわてて席を立った。しかし、振り返ると 女子中学生は、もうすでに帰っていた。

残されたのは、立ち尽くす僕と一枚の伝票、それから、すっかり冷めてしまったココアだけだった。

仕方なく僕はソファーに腰をおろし、ココアに口をつけた。そして、図書館をお金持ちが利用する是非について、自らに問いかけていた。