彼女はタントのアクセルを強くふみこんだ。
となりの車線でオラつくヴェルファイアを、自分のまえに割りこませないためだ。
こわいからやめてほしい……
幾度となく伝えてきたその言葉を、今日はグッとのみこんだ。
車内のテレビには、アベさん国葬の様子が流れている。良くない兆候だ。というのも、なぜか彼女はアベさん推しで、彼があんな理不尽な最期をむかえたことに静かな怒りを覚えていた。
正直、僕にはよくわからない。
むろん、ことの成りゆきは、報道を通じて理解している。ただ、アベさんのことも、ヤマガミのことも、事件のことも、深く考えようとすればするほど、袋小路に迷いこんでゆく。一連のディティールを俯瞰的にとらえようとしたけれど、けっきょく誰も救われない事件だと思った。
しかし彼女は、ヤマガミは悪、アベさんは善だと言う。
たしかにヤマガミは悪いと思うし、アベさんも気の毒だとも思う。けれど、彼が凶行におよんだ背景にも考慮すべきじゃないかな、と、僕はそう言ったけど、あまり良い反応はなかった。
いつもなら、ウェブで拾った豆知識を駆使して、ありそうな論をでっちあげるのだけど、この件に関してはどうも上手くいかない。
しかし、たいして興味もない話題で、どうしてこんな暗澹とした気分にさせられるんだろう。この政治と宗教によってもたらされた分断が、わりと根深いところで、僕と彼女を引き裂こうとしている。
このままじゃダメだ。
今こそ、この不毛な断絶を乗り越え、あらたな架け橋を再構築すべきだ。そう思った瞬間、僕はすぅーっと息を吸い、おもむろに言葉を紡いだ。
「たしかに、お母さんがパチンコに狂って、家のお金をぜんぶ使っちゃったとしても、パチンコ屋を襲撃する息子はいないよね」
そうなのだ。
教会はパチンコであり、パチンコは教会だ。ゆえに教会をパチンコにたとえれば、すべてのナゾは氷解する。
いってからそう思った。
はじめに言葉ありきというけれど、まさにその通りの現象が目の裏に焼きついた。古ぼけた画像をエーアイが高解像度に仕立てあげるような、そんなフェイク臭が車内に充満した。
どんよりとした空に、欲望を含んだ雨が降りそそぎ、悪意をはらんだ風が頬をたたく。
そして美しい景色は星野リゾートに奪われる。