高校を卒業して最初に働いた会社は一ヶ月で辞めた。風邪をひいて休んだ翌日、休むなら連絡するのが常識とか、オマエみたいな奴はどこにいっても続かないと怒鳴られた。
季節工に誘われたのは会社を辞めて三ヶ月後だった。誘ってきたのは高校のとき隣のクラスにいたサエグサという男だった。顔と名前は知っていたけどあまり話したことはない。だけどサエグサが熱弁するビックマネーと一度きりの人生という話があまりにも浮世離れしていたから、ついていく事にした。
サエグサのにぎやかに点滅するワゴンRが夜の高速を走る。俺は途中で運転を交代してハンドルを握った。さっきまで喋り通しだったサエグサは助手席で穏やかな寝息をたてている。俺はその寝顔を見て、さっきコイツが連呼していた言葉をつぶやいてみる。「おれはここからビックになる」
ペンタゴンに仕切られた工場内は気圧の関係でときどき耳の奥がキーンとなる。延々と流れてくるボルトをピッキングする作業は退屈で単調だが、清潔な空気とゆるやかで安定した時間の流れは俺の中に秩序みたいなものを作っていた。
しかし、サエグサの体重はその時間の流れと同期してゆるやかな曲線を描くように減っていった。やがて朝からペットボトルの日本酒をガブ飲みするようになり、メシが不味いと食堂の出入り業者に襲いかかるなど、奇行が目立ち始めた。俺はその都度、間に入ってサエグサをなだめた。休日には女の子を集めて遊びに行くなどして、サエグサの精神状態をまともにするための虚しい努力を続けていた。
ある日の夜、部屋に帰るとサエグサが失禁して倒れていた。手には空になった2リットルのペットボトルがにぎられていた。俺はもうここが潮時と決心して、部屋からサエグサを引きずるように運び出した。それから1キロ先の駐車場にワゴンRをとりにいきその助手席に押し込んだ。
手持ちの現金がなかったから、俺は2号線を西に向かって走った。ガリガリに痩せてシートベルトを付けたサエグサは、ハンドルを切るたびに頭がグラグラ揺れる。俺はその姿を見ながら思った。もう、帰れるから。もう、不味いメシくわなくていいから。
それから5時間くらい走り続けて、大きめのコンビニの駐車場に車を止めた。ガソリンが残り少ないから、朝になってから銀行を探さなければならない。
そのとき、サエグサが目を覚ました。なにか喋ろうとしているけど、呂律がおかしくなっていて意味がわからない。やはり病院につれていくべきか。
ガリ…ガリ…くん…。サエグサの喉から絞りだす声が聞こえた。俺はコンビニに走ってガリガリ君を買ってきた。包装をはがして口のところに近づけてやると、サエグサはひとくちだけガリガリ君を齧った。俺はうまいか聞いてみた。
サエグサは泣きながらうなずいた。