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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

15年まえに買ったecco(エコー)の靴。まだ履いてるよ

僕の靴箱にはスニーカーがない。

それは別にスニーカーが嫌いだとか、革靴しか履かないと言うようなこだわりではなく、単純に経済的な余裕がないのである。

ちょっと待ってくれ。たしかにそんな貧乏話は聞きたくないかもしれない。だけど5分。たった5分だけでいいから聞いてほしいんだ。

靴との出会い

僕と靴に関する記憶をたどると、もっとも遠い記憶は、先が尖った靴だった。見るからに硬そうなその靴は表面がカブトムシの背中みたいにツヤツヤしてお金の匂いを強くまとっていた。僕はリーガルショップのショーウインドに鼻をくっつけて飽きることなくそれを眺めていたんだ。

小学生の僕はズックを履いていた。マジックテープ式のそれは最初はサイズが大きすぎてブカブカ。中程はピッタリと、最後は窮屈になった。つまり小学生の6年間を通じて毎日同じ靴をはいていた。理由は様々だけど、ひとつだけ言えるのは、貧しい家庭に育つと、自分がなぜ貧しいのかは知るすべがないってことだ。

バスケットシューズ

中学生になりバスケットボール部に入った僕は、初めて靴らしい靴を手に入れた。それがバスケットシューズだった。

カカトに衝撃を吸収する新素材を埋め込まれた新品のバッシュは夢のような履き心地だった。ハイカットにデザインされた柔らかな部分が足首をやさしく包み、幾何学模様のソールがキュッキュッと小気味よい音を鳴らした。

僕は飽きることなく走り回ったね。

しかし幸せは長くは続かなかった。バッシュは盗まれてしまった。僕の通っていた中学校は廊下の中央が自転車専用レーンになるくらい革新的だったから、なにかが無くなる事は珍しくもなかった。そして僕の手元には靴底から取り出していたアルファーゲルだけが残った。

スリッパと化したローファー

高校生になると僕の足下にはローファーが瀕死で横たわっていた。カカトを潰されて黒いスリッパと化したそのローファーは、3年間も酷使された挙句、川に投げ込まれた。いや、僕が投げ込んだんだ。

文化がない、教養がないとは、つまりこういう事かもしれない。古い物を大切にし歴史を尊重し、新しい物を丁寧に作り、それを繋げていく─。気付くのが遅くて、いつも大切な何かを失ってしまっていたね。

eccoというメーカー

むろん今の僕は、靴を大切にしている。15年前に買ったeccoというメーカーの紐靴をはいている。

値段はたしか1万3000円くらいだった。消費税が3%の時代だよ。革製だから、ときどき磨きながら履いている。残念なことに、ecco社は、この靴を買った数ヶ月後に日本から撤退してしまった。

その当時、買うには輸入するしかないと言われてあきらめていた。

eccoのその後

このメーカーがどうなったのか調べてみたら、あった。しかも今はインターネットで買えるらしい。

エコー・ジャパン オンラインストア

eccoさん。15年まえに日本で販売した靴、まだ履いてる人がいますよ。

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過去記事を修正したんだけど、新しく書いた方がよかったかな。。



んじゃ、またね。