土曜日の電車の中は、いささか暖房が効きすぎて、ひどく乾燥していた。僕が車両の隅に体を押しこむようにして、咳をガマンしていると、女子高生の一団が乗りこんできた。
紺のブレザーを着た少女たちは、近所の高校に通う女子高生で、土曜日は不思議とおなじ車両に乗り合わせることが多い。
その中で、ひときわ目を惹くのは、朱華色のマフラーを巻く黒髪の少女だった。女優の高畑充希を思わせる、まっすぐな瞳が知性を感じさせる。
彼女が後ろをふり向くと、シャラとした髪がゆるく舞い、甘い香りがした。
電通問題に言及する女子高生
寒さをものともしない短いスカートからチラと見える足が眩しい。僕は、さも無関心を装って、スマホに目を落としていた。彼女たちは、空いた座席には座らず、それぞれに向かい合って立ち話を始めた。僕はそのまま目を上げずに、スマホの画面に見入りながら会話に耳をそばだてていた。
すると、不思議な単語が聞こえてきた。
「厚労省にも責任はあるんじゃない?」
「塩崎、調子乗ってるよねー」
「社長辞任じゃすまない」
「見せしめでしょ」
「電通はスケープゴートね」
「先に霞ヶ関どうにかしろ」
なんと、女子高生が話題にしていたのは、電通問題だった。少女たちは、さまざまな意見をとりとめもなく話していたが、要約するとこうだ。
- 電通は社長が辞任しても許されない
- 電通に対して引き続き調査を行う
- 厚労省は違法残業に強い姿勢で望む
- 霞ヶ関の長時間労働は問題ではないのか?
- 違法残業は個別の事例ではなくマクロの問題
- 正論ではあるが仕組みを見直すのが先決
- 労基署の監督責任はないのか?
嘘をつき続けて生きる大人たち
思春期の女子高生にとって、電通問題は自分たちの将来に、直接ではなくとも間接的に関係してくることであり、避けては通れない道なのだろう。
軽い口調で話しているが、内容は極めてシリアスで、僕はそのギャップにこの国の労働問題の根深さを感じた。
女子高生たちが、iPhoneを持つようになり、情報へのアクセスが容易になったことで、社会問題はより身近なものになり、大人たちの嘘が次々と暴かれていく。
彼女たちの両親は、おそらく僕と同じ四〇代前半から後半といったところだろう。女子高生に嘘をついてはいけない。僕らは、そう教育しながら、他方で嘘をつき続けながら生きている。電通しかり、厚労省しかりである。
まだ、社会に出ていない女子高生たちの、純真無垢な魂が、大人たちの社会や仕組みに問題提起している。つまり、彼女たちのiPhoneを通じて拡散する世界は、現代に鳴り響く警鐘なのだ。
僕たちは、その声に真摯に耳を傾け、襟を正さなければならない。