一昨日は、関門海峡の花火大会へ行ってきた。
初めは4人の友人と見にいく予定だったのだけど、誘ってきた2人が来れなくなってしまって、僕は彩さんにLINEを送った。
無口な僕は、女の子と2人きりなのも、どこか気後れしてしまって、彼女にどうするのか尋ねてみた。すると彼女は、せっかく買った着物を着たいから、と言って待ち合わせ場所に行くと返事がきた。
家から花火の見える関門海峡までは、歩いて10分ほどで、僕は、白シャツにクロックスをひっかけ、手ぶらで待ち合わせ場所の門司港駅へ向かった。
見慣れた門司港駅の駅舎は、改装中のため無骨な足場と工事用の防音シートに包まれていて、いささか息苦しそうだった。去年まで自由に出入りできた古い待合室も、すでに閉鎖されていて、僕は仮設の乗降口で、彩さんの姿を探した。
もう夕刻なのに、気温は一向に下がる気配がなくて、額を伝って落ちる汗が目に入るから、僕はそのたびに眼鏡を外して、手の甲で拭わなければならなかった。
しばらく待っていると、スマホに着信があった。彩さんからで、もう着いていると言う。視線を巡らすと、すぐ目の前に彩さんが立っていた。白地に淡いピンクの花が咲いた、落ち着いた色合いの着物がよく似合っていた。
夜のお店で働いている彩さんは、小柄で、スタイルもよくて、化粧も上手だったけれど、どこか蓮っぱで、ともすれば軽薄な印象を与えてしまう女の子だった。
30過ぎの女性を、女の子というのは、いささか語弊があるかも知れないけれど、僕は彩さんに合うたびに、どこか幼い少女のような面影を見ていた。それは彼女がときおり見せる、虚勢を張るような視線であったり、いつまでも変わらない、わがままな態度のせいだったりするのかも知れない。
彩さんは、鼻緒が着物の帯みたいになった、和サンダルを履いていて、足が痛いといって、自分の手荷物を僕に持たせた。僕は右手に彼女のバックを、左腕には、すがるようにしてだらしなく歩く、彩さんの重みを感じながら、海岸へ向かって歩いていた。彼女が、ときどき道路の段差につまずいて転びそうになるから、僕らは自然と手を繋いでいた。
「なんかデートみたいだね」
彩さんはそう言って薄く笑った。
海岸に着くと、そこはもう人で埋め尽くされていて、僕らは通りをひとつ隔てた、海岸沿いの倉庫が建ち並ぶ一角まで引き返した。そこで僕らは、大きなコンクリートの段差に並んで腰掛けて、お互いにスマホを見た。
辺りはようやく日が落ちて、薄暗くなってきた。スマホのデジタル時計は、8時12分が表示されていた。
周りには、僕たちと同じようなカップルと、小さな子どもの手を引くファミリーが、暑さにうんざりした表情を浮かべながら、団扇で子どもを扇いだり、ペットボトルの飲料水を口に運んだりしていた。
彩さんは、着物の胸元をゆるめて、それで涼しくなるわけもないのに、手をひらひらと扇いでみせた。小柄な彼女の傍に座る僕には、彼女の汗に濡れた首筋の奥の、ブルーの下着と細いストラップが丸見えになってしまい、あわてて目を逸らした。
どこかで、着物を着るときは下着をつけない、という話を聞いた覚えがあったけれど、目の前でチラチラと見え隠れするそれは、見間違いようのない青だった。
そのとき、ちょうど目の前を横切った、子連れの男がそれに気付く。彼女の死角から、あからさまに胸元をのぞき込んでいる。僕は理不尽な視線の暴力から彩さんを守るべく、殊更に大きな声で彼女へ話しかけた。
ドンッという、地面が弾むような爆音が響く。
その一拍あと、夜空に大輪の花が咲き、僕らの周りを、一瞬だけフラッシュをたいたように照らす。
その瞬間を見計らって僕は視線を落とす。彼女の柔らかい首筋から下の、まろやかな膨らみが露わになる。それを優しく包み込む青。今度はさっきより、細部までくっきりと見えた。
矢継ぎ早に打ち上がる、色とりどりの火薬が夜空を染めるたび、彼女の横顔と肌は、それを写して瞬く。上を見上げて、無防備にさらされた喉元を、一筋の汗が流れ落ちる。
灯りのない海岸の防波堤は、花火の光がなければ人の輪郭しか区別がつかない。鈴なりになって空を見上げる人々と、肩を寄せ合っても、その視線がどこを向いているか、確かめる術はない。
僕はさらに大胆に身体を寄せ、至近距離から彼女の胸元の奥を凝視した。色とりどりの鮮やかな円が、夜空を彩どらるたびに、彼女の口から感嘆の吐息がこぼれる。僕は何気に彼女の腰に手をまわし、細い腰とその下に続く曲線のラインで手を止める。
あと少し待てば、この邪魔な布をたくしあげ、両手に収まる小ぶりなそこを、思い切りわしずかみにする。そして腰を深々と埋め込むのだ。その予感が僕の身体の一部を、どうしようもなく熱くしていた。
そんな妄想をしながら、花火の音を聞いていた。
両膝はまだ不調で、歩いていると右の足首から脛にかけての骨が、軋むように痛む。
来年こそは、本当に誰かと見に行けるといいな。