ちるろぐ

ここが僕のアナザースカイ

海ちゃんの思い出

夕方から部屋の整理をしていた。

床に散らばった洋服をハンガーにかけて、文庫本を本棚に並べていたけれど、全部は入りきらなくて、ため息をついた。

気分転換に、近所のローソンへ歩いていった。

雑誌コーナーの「女性セブン」を立ち読みした。親友のブログが雑誌に掲載されたという噂を耳にしたから。

ページを繰ってみると、そこには確かに、いつも見ている彼のブログがあった。まるまる1ページに紹介されていた。

「これで彼も全国区か…」僕は大きな喜びと同時に一抹の寂しさを感じた。もう雲のうえの存在になっちゃうんじゃないか…。そんな複雑な心境を抱えたままローソンを後にした。



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photo by Aldor



帰りの道を歩いていると、急に雨がふり出した。僕はアパートまで道を全力で駆けたけど、雨は容赦なく降って、あっというまに全身びしょ濡れ。

濡れた手で玄関のカギを開け、雨を吸ってズッシリと重くなったパーカーを脱ぎ捨てた。タオルで髪と身体を乾かしたけれど、からだはまだ冷たい。

熱いシャワーを浴びたくて、試しに蛇口をひねってみたけど水しか出なかった。給湯機が故障してるからお湯が出ないんだよ。業者に聞くと修理には最低でも3万円はかかるという。

大きなクシャミを3回して、辺りを見回すと窓の外はすっかり日が落ちて、部屋の中は薄暗くなっていた。 エアコンも去年壊れたきりで、ホットカーペットもない。

部屋の中は冷え切っていた。

寒さに震えた僕は、厚手のブランケットがあったのを思い出して押し入れの中を探ってみた。でも、そこには洋服とジーンズが押しこまれているだけで、肝心のブランケットは見当たらなかった。

僕は、洗面所にある、コロコロの壊れたプラスチック製のケースを探ってみた。

よかった。やっぱり厚手のブランケットはあった。

それと一緒に、クシャクシャになった布が出てきた。色褪せたピンクのTシャツと、そしてもう一つは、女性物のアンダーウェアだった。

僕は、なぜこんな物がここにあるのだろう、と首をひねった。そして、その小さな布を手に取り、丸めたり伸ばしたり、細かいレースの浮き彫りを眺めているうちに、はたと思い出した。

それは、10年前に別れた、海(うみ)ちゃんのパンツだった。海ちゃんの本当の名前はなるみだった。鳴海と書いてなるみ。初めてあった日に、素敵な名前だと言ったのを覚えている。

しかし、彼女は他の誰かと結婚して、もう2人の子供がいる。まさか今更、忘れ物を届けるわけにもいかない。

そのパンツは、10年の歳月を経ても劣化することなく、伸縮性を維持していた。使用の痕跡を探してみたけれど、驚くほどまっさらだった。しかし僕の記憶が正しければ、そのパンツは10年まえに、海ちゃんの陰部をしっかりホールドしていたんだ。

パンツを裏返して、できるだけぎゅっと丸めて鼻に押しつけてみた。その香りは、古びた布というだけで、それ以上でもそれ以下でもなかった。でも微かに海ちゃんを感じられる気がした。

今度は頭にかぶり、そして顔の部分にずらしてみた。本来ならば脚を通す場所が、ちょうど目の位置に、海ちゃん自身に密着する部分が鼻と口をおおった。

僕はそのままの格好で、自分を握りしめた。さっきから膨張していたそれは、軽い刺激でも敏感に飯能した。そして数分で果てた。

僕はペーパーボックスからティッシュを抜き出し、まだ張り詰めて脈打つ部分を丁寧にふいた。

顔からパンツをそっと外して、もう一度、細部を指でなぞってみた。レースの部分に綻びは見当たらない。

頭の芯が熱くて、風邪をひいたときみたいな浮遊感がした。

床に散らばった無数の本。そして一枚のパンツ。そのどちらにより価値があるのだろう。もしもヤフオクに出品すれば、あるいは答えが見つかるかもしれない。僕は、その考えを即座に振り払い、冷静になれと自分に言い聞かせた。

しばらく、暗い部屋の中で独り、右手にティッシュ、左手にパンツを持ったまま、焦点の合わない視線を漂わせていた。

どれくらい時間が経ったのだろう。僕は、我に返って、Tシャツに袖を通した。そして、体を縮めてパンツに足を通してみた。足首に留まった状態で立ち上がり、一気に引き上げる。

とても履けそうもないサイズだったけど、それは驚くほどピッタリと、まるであつらえたみたいに僕の股間に収まった。でも、先端の一部がグロテスクに飛び出してしまっている。僕は、いったん落ち着いて柔らかくして、それから股に挟み込む要領で折りたたんで、パンツの中にきちんとおさめた。

そして、厚手のブランケットを体に巻きつけ、ベットに横たわった。10年前も同じ場所、同じ格好で、僕はここに横たわっていた。流れる時間は、いつも大事な何かを奪い去っていく。

不意に涙があふれた。

色褪せたピンクのTシャツが涙で濡れた。こぼれる嗚咽は、雨音にかき消された。僕は自分を強く握りしめ、さっきより強く、速く、乱暴にしごき上げ、弱々しく果てた。数滴がこぼれ落ちたがティッシュは必要なかった。

そして目を閉じた。深い眠りの中に身を寄せた。

海ちゃんの思い出とともに。






この物語はフィクションです実在の人物団体名称とは一切関係ありませんです