今までひた隠しにしてきたが、私には、ひとつ歳上の姉がいる。
幼少期は小枝のように病弱な彼女であったが、両親の離婚をキッカケに、めきめきと頭角をあらわし、いわゆるリア充に成長した。姉の性格は、私とは真逆であり、わかりやすく言えばクラスのリーダー的存在。なぜか容姿に恵まれており、愚かな男子は盲目的信者となり、姐御肌な雰囲気と、キップの良さで女子を従える、つまるところ調子に乗った女である。
弟の私から見ると、外ズラがよく家ではだらしない、ヒステリックで、女性らしさの欠片もない、わがままなだけの女である。私が女性に幻想を持てないのは、おそらく彼女に起因している。
そんな姉の家に行った。
半年ぶりに訪問したが、あいにく留守であった。子供がいるから真面目に家に帰っている、という親父からの情報を信じ、私は玄関先で待つことにした。そこでしばらくスマホを眺めていると、電話が鳴った。なんと姉からである。
「あんた今どこにいる?」
私は用向きを説明し、姉の家の前で待っていると答えた。姉は、もうすぐ帰る。あんた不審者と間違われてるよ、と早口でまくしたて電話を切った。家の前に数分立っていただけで、となり近所の住人が姉に通報していたのだ。これが世界に誇るウサギ小屋日本のソーシャルセキュリティの実態である。
無駄にデカイ車を乱暴に駐車した姉は、二人の男児の名をおらび(方言:大きな声で呼ぶの意)ながらこちらにやってきた。36歳のとき25歳のイケメン男と結婚した姉は、いつの間にか、5歳と3歳の男児を産んでいた。子供がいると風の噂で聞いていたが、事実であった。
私は、さっさと用事を済ませたかったので、挨拶もそこそこに家に上がった。スマホの接続が制限されていたので姉の家の無線LANが必要だったのだ。私は、電話の横にあるモデムのパスワードを読みとり、手早く入力してダウンロードを開始した。これでひと安心である。
姉は、キッチンに立ちポップコーンを加熱していた。こども達は妖怪ナントカのテレビアニメに釘づけになっている。両手の人差し指を立てて謎なうごきをしている。子供向けアニメや絵本の読み聞かせなど、幼児教育といった類に、多少の知識はあるものの、ただ知っているというだけで、とてもではなく理解の範疇を逸脱していた。
それよりも、自分の1/20くらいしかない、小型哺乳類の各パーツが、大人のそれと同じ機能を持っているのが不思議だった。軽く触れた胴回りは、意外にも体幹がちゃんとしており、確かな生命力を感じさせる。手を離しても、生命の温もりのような余韻が残った。
私は、はっと我に返り、そろそろ退散した方が良さそうだと感じた。部屋のすみに移動してスマホを眺める自分が、ひどく場違いな気がしたのだ。すると、姉がこう切り出した。姉の名誉のために言葉遣いは大幅に修正してあるが、内容に変更は加えていない。
姉「…40にもなって結婚してない弟がいるのって、ちょっと世間体がよくなくてよ」
私は無言だった。コイツは、いきなり何を言い出すんだ?だいたい誰に迷惑をかけて
姉「独身だから誰にも迷惑かけてないって思ってらっしゃるの? あべのハルカスよりも大きな間違いですわね」
背筋に戦慄が走った。返事もしていないのに、思考を読み取ったように、言葉をかぶせてきたのだ。お前、人に対していつもそんなコトをやってるのか、と思いつつも、私は口の中をモゴモゴさせただけで、何の反論もできなかった。
不穏な空気を感じとったのか、子供らもおとなしくなった。下の子は明らかに怯えている。私は、その子の頭を優しくなでると、姉に礼を行って家から退出した。
私は、家に帰る道を歩きながら、姉の言葉を幾度も反芻してみたが、明確な結論は、なにも思いつかなかった。心に残ったのは、言いようのない不安感と、子供の怯えた表情だけだった。