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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

金卵フクロウ

村はずれの裏道をひとりの女が歩いていた。

腰はフラつき、手は震え、はぁはぁと喘ぐ口のなかはカラカラに干上がっている。しかし、女の進む先には、草木は一本も見当たらず、沢には水も流れていない、不毛の土地であった。

どれくらい歩いただろう。

螺旋のような迷路の果て、小高い斜面を下ると、すり鉢状の砂地にたどり着いた。

繊棒(せんぼう)の群生地であった。

その平らな砂地の一角には、地面から、奇妙な棒状の物体が生えていた。それは、生物とも植物ともつかぬ、白いわた毛に包まれた、棒状の有機物であった。

大小さまざまな繊棒は、あるものはしぼんで倒れ、また、あるものはビクビクと脈打ち、そしてまたあるものは、パンパンに膨れあがり、ひと撫でで爆発してしまいそうであった。

女は、その中でも、ひときわ見事に反りかえった、空を押し上げて屹立する繊棒を見つけると、着物が汚れるのも厭わず、一目散に駆け寄って、地面へ這いつくばり、深々と咥え込んだ。

するとどうだろう。カラカラに干上がった口のなかが、みるみる内にうるおい、ヨダレが滝のようにあふれ出したのだ。

さらに女は、繊棒の根本を、両手できつく握りしめ、すぼめた唇を先端に押し当て、一気にのど奥まで突き立てた。そして、頬の裏全体でなぶり回すと、深く、深く、とばかりに、ジュルジュル、ジュルジュルと、音を立てながら吸い上げた。

繊棒は、あふれ出た唾液で、ヌルヌルとぬめり、くわえて離さぬ女の意思に呼応するかの如く、より一層にいきり立ち、膨れあがった。

女は、激しくもがく繊棒に視線を落とし、一分の狂いもなく、一定の調子で頭を上下させた。根本を押さえられ、前へ後ろへと、しごき上げられた繊棒は、逃れる術もなく、細かく震え、やがて女の口内に無残に弾けた。

女は繊棒に詰まった白濁液を、一滴残らず飲み下すと、皮だけになった繊棒をペッと吐き捨て、また新たな繊棒を咥え込む。

次から次へと口内で破裂する繊棒。女の周囲はみるみるうちに、白濁液と、自身の唾液と汗によってドロドロに汚れてしまった。

その一部始終を見届けていた、一羽のフクロウがいた。

フクロウは、表情のない一対の目を、パチ、パチ、パチと三度またたかせると、音もなく羽ばたき、さらに高く舞い上がると、大きく旋回して、村へと飛び去っていった。

「金卵ふくろうでねえべか?」

ひとりの村人が頭上を指差して叫んだ。周りにいた人々も皆、空を見上げる。

地上を見降ろし、優雅に滑空する銀色のフクロウは、村の中心にすえられた、物見やぐらのてっぺんに、ブワっと舞い降り、銀色の両翼を広げ、小刻みに羽ばたかせ、ポゥッポゥッと鋭く鳴いた。

それを見た村人たちは、あわてて駆け出していた。家々からは、老人から子ども、妊婦は赤子まで担いで、一斉に裏道へと殺到した。

村人たちの第一弾は、裏道の藪をきりわけ、岩場をよじ登って繊棒の群生地へ到着した。

そこで目にしたのは、体中の口という口に繊棒をくわえ込み、口からはとめどなくヨダレがあふれ、白く濁った粘液を、こんこんと湧き出させる女の姿であった。

やがて、村人の第二、第三の群れも到着し、その中に女の両親の姿もあった。

「小百合ぃぃッ!」

母親が、娘の名を叫びなが駆けより、ひしとしがみついた。あとから駆けつけた父親が、繊棒の抜け殻のなかから娘を抱き上げて、まだ汚れていない砂地に、そっと横たえた。

村人たちは、その周りをぐるりと囲み、泣きながら小百合の変わり果てた姿を見た。小百合の体には、いたるところにねじ曲った繊棒が食い込み、美しかった黒髪は、汗と粘液で顔にベッタリとはりつき、まるで黒い血のようであった。

小百合の母は、娘の顔をハンカチでぬぐい、髪をそっと撫でつけて、その胸にひっしと抱いた。父親は無言でうつむき、首をふるだけであった。

「小百合…」

「母さん…」

まだ、うねうねと唸る繊棒をくわえたまま、小百合は母の目を見て微笑んだ。

「小百合、話さななくていいの。母さんには全部わかってる。あなたの気持ち、わかっているのよ」

小百合は母の優しい目をみつめ、何か言おうとしたが、言葉にならなかった。

そして、ゴフッとちいさく咳き込むと、泡まみれの白濁液があふれ、ボトボトと地面にしたたり落ちた。


─ 1年後 ─


その墓標は、海の見える海岸にたてられた。小百合の墓には、参拝者が絶えることがない。

今日は、命日ということもあり、墓石の周りには、数え切れないほどの、繊棒の束が供えられていた。

まだ、充分に乾いていない、湿った繊棒からは、ゆらゆらと煙が立ちのぼり、空で弾けて白濁液の花を咲かせていた。

その周りを、あの日の金卵フクロウが、いく重もの輪を描いて飛んでいた。



(この物語はフィクションです。)