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2008年でしょうか。
ラーメンが一斉に値上げされました。地方に住んでいると、それが全国的なのか、それともここだけの話しなのか、分かりかねました。
ただ、ひとつだけ確かなことは、麺から小麦の香りが消えた、ということです。
あつあつの麺をすすり、噛みしめた瞬間に感じられる、あの芳醇な小麦の香り。命の貴さと食への感謝しかなくなる、濃密な体験。小麦の持つ永遠の輝き。小麦しか持ちえない妖しい魔力。
すべては、失われてしまいました。
ぱくたそ
スープは同じです。スープはまったく変わりません。むしろ美味しくなっています。
ですが、麺なのです。
ラーメンは麺なのです。強い熱気がもうもうと立ち昇る釜から、ザンっと小気味よく湯切りされ、そして中心部に熱を内包した固麺。
上質なグルテンの歓喜と、麺にまとわりつく濃密な小麦の余韻。「これだ」と心の内で喝采を送る至福。一心不乱に吸いこむ小麦。小麦を本能が欲している。
おお…我に小麦を…
ラーメン。ラーメンとは人体と小麦の同化。スープはそのためのカタパルト。小麦よ。どこへ行った?戻ってきてくれ。あの快楽を忘れられない。
見せかけの小麦に心を売って、偽りの小麦で自分を欺くのはもうイヤだ。本物の小麦が欲しい。一片の曇もない、純粋な小麦だけが、穢れた魂を救ってくれる。
小麦だ。小麦が違う。ちがうぞ。
明らかに違う。もっともっと、香り立ってくれ。ギュッと噛みしめて爆ぜる、固く茹で上げた麺。あらんかぎりの小麦をぶち込んでくれ。
スープもいらない。どんぶりもいらない。箸もいらない。
麺。麺。麺。
そして小麦。
あの過ぎ去りし日に、いっぱいに頬ばった大量の麺を、もう一度だけかぶりつかせてくれ。あの食感と、小麦が鼻に突き抜ける爆発。
この身などどうでもよい。小麦を撒き散らして粉塵爆発しても構わない。
小麦を…小麦をもっと。
おおお