偏差値37。それでも僕が戦う理由

近頃のブログって、みんな肩書きがすごいんだ。

大手IT企業勤務経験者、有名大学卒、IT技術者、医者、学者、専門職、ちきりん、心理学者、学位、院生、インポ、インターン、社長、著名人、単著…。

これらの肩書き、そのすべてが、そのひとの発言と記事に「価値」を与えているんだ。みんなは、何を言ったかじゃなく、誰が言ったかで記事のクオリティを判断するようになったよ。

僕は高卒

僕は高卒。それも地域で1-2を争う底辺高校なんだよ。特別なスキルもない。だから僕のブログは生まれたときから窮地に追い込まれてた。 僕は発言するたびに泥まみれで空虚なコンテキストに呪われた。

この前なんか「古い食べ物はなんとなく体にわるそう」って言っただけなのに人格まで含めて罵られたんだ。罵倒されたんだよ。ちょっと頭がいいと思って調子に乗りやがって…。

この圧倒的な劣勢、ひのきのぼうすら持つことを許されない縛りプレイの中で、僕はブログを書いているんだ。


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photo by laikolosse

偏差値には、治る37と治らない37がある。

偏差値が低いのに短期間の勉強で有名大学に受かったっていう本が人気らしい。でも、あれって、もともと学力があるのに、磨けば光る知性があるのに、本気出してなかっただけだよね。

翻って、僕の学力はどう足掻いても上がらないよ。記憶力がわるくて治る見込みもないんだ。僕は偏差値37の人生を歩むしかない。努力の機会すらあたえられず、ただ受け入れるしかないんだよ。

バカは死ななきゃ治らない

やればできるバカにとっては福音になるこの言葉も、やってもできないバカにとっては、文字どおり死をもってしか償えない罪になる。いわば原罪なんだ。

いったい僕がなにをしたっていうんだ。命と引き換えにしなければならない、死をもってしか癒されない、それほど大事な資質を、生まれながらに与えられなかった。

そんな苦しみを匿名のインターネットは救ってくれたよ。

大卒ブログ

ブログ界隈には、雨後の筍のように大卒ブログが現れるよ。でもほんの数ヶ月で消えるんだ。惜しみなくあたえられた教育をなにひとつ生かせずにね。

おまけにアフィリエイトの小銭がなければモチベーションも維持できない脆弱さ。些細な批判も受け入れられなくて、ネガコメ、クソリプと声高に喚き、悲劇の主人公を演じる大卒ブロガーたち。

こんな大卒が肩書きを吹聴するから、経歴をこれみよがしに晒してくだらない記事に泊をつけようとするから、インターネットにバカという原罪を与えたんだ。

僕は戦い続ける

それでも、僕は逃げずに戦ってる。曖昧で不確かな記憶、貧弱なアイデア、つぎはぎだらけの知識…そんな三重苦を、十字架のように背負いながら、僕は、よく戦っていると思う。

大卒が母親の温かい手料理を食べていたとき、僕は山崎の食パンをなにも塗らずにひとりでモグモグしていた。ハングリーが僕の力なんだ。

電子のアーカイブは僕の記憶を救ってくれた。みんなの知性が僕の闇を照らしてくれた。インターネットは僕に無知を知らしめたけど、同時に救いも与えてくれたんだ。

この母なるインターネットは、僕にとっての救い。だから僕は、戦い続けなきゃならない。たとえ傷だらけになっても。