連休に、何十年かぶりに一人で旅行にいったよ。ふだんは決して、ひとり旅なんてしないけど、僕のわがままで出かけてしまった。
行き先は東京。日程は、土、日、月の3日間。目的はブログの友だちに会いに行くってことにした。
その話をすると、彼女はやっぱり「アタシも一緒に行く!」って言い出した。ここだけの話、僕は結婚していないけど、歳の離れた彼女と一緒に暮らしてる。
一応、自分の家は借りているけど、ほとんど彼女のお家で生活してる。だから自宅の電気代が150円になったりするんだ。あんまり自宅に帰らないから。
そんな彼女とは、かれこれ20年の付き合いで、いつも一緒にいる。たまに彼女の方が妹さんと一泊旅行に出かけたりするけど、お互いに24時間以上別行動するのは、20年で一度もなかったんだよ。
だから今回、3日も離れるのは、僕らにとって初めての経験だった。
旅立ちの夜、彼女は駅まで送ってくれた。
そしたら3日も会えなくなることが、急に実感として湧いてきて、胸がしめつけられるようだった。いつも一緒にいるのが、当たり前になり過ぎていたんだ。
彼女も同じ気持ちだったみたいで、ちょっと目がウルウルしていた。たった3日くらいで、こんな気持ちになるなんて、子供じゃあるまいし…、なんて思ったけど、どうにも切なくて、僕らはひさしぶりにキスをした。
若いころは、毎日していたのに、いつからか、キスするのも忘れていたんだよ。いつもとなりで寝ているのに。
でも、今回、思い切って旅に出たら、僕にとって、彼女がどれほど大切かってことに、あらためて気がついた。
そうしていると、もう出発の時間になっていて、僕は急いでクルマを降りて、駅へと駆けていったんだ。
そして3日後、お家に帰ると、庭に水をまいている彼女が、そこに居た。植物を育てるのが大好きなんだよ。今年の冬は、庭をイノシシに荒らされてしまって、ほとんどお花はないのだけど。
僕は、旅行カバンを持ったまま、彼女を抱きしめた。あたたかくて柔らかくて、僕らはしばらくそのままでいた。
お家には、僕の好きなお菓子がどっさり買ってあった。彼女はスーパーで買い物すると、僕の好みのお菓子を2〜3個買ってくる。
それは、僕が留守のあいだも変わらずに、冷蔵庫には3日分のデザートと、リンツの板チョコが3枚入っていた。
彼女が、僕のカバンをゴソゴソやっていたから「お土産は買ってないよ」と言うと、ちょっとほっぺたを膨らませて、カバンを放り投げた。
東京土産なんて、Amazonでいくらでも買えるじゃないかと思っていたけど、そうゆうものでも、なかったかな。
東京バナナの一本でも買えば良かったかと、ちょっと後悔したけれど、こうやって無事に帰って来たことが、何よりのお土産だよね。
ふたりで、彼女の作ったすき焼きを食べて、お腹いっぱいになった。やっぱり家が落ち着く。
食後のコーヒーを飲みながら僕は「なにか変わったことはなかった?」と聞くと、彼女は肩をすくめて首を振ってからこう言った。
「ブログの子たちとは会ったの? 写真は撮ってないの?」
急に聞かれて、僕は、設定をあわてて思い出して、4〜5人と合ったと答えた。
「ブログのオフはね、写真を撮ったらマナー違反になるんだよ。本名でやってる子もいるけど、顔出しまではしてないし、顔出ししててもオフで写真を撮るのはどうかな。写りが良くなかったら、アイコンは奇跡の一枚だとか言われたり、ちょっとぽっちゃりしてたら、それを揶揄したりする人もいるから。僕が写真をアップしないと分かっていても、流出のリスクがゼロじゃないよね。そうゆうの、総合的に鑑みると、そもそも撮らないのが正解なんだよ」
「そうゆうものなの…」
「そうゆうものだよ」
本当は、誰とも会ってないのだけど、ブログの子たちに会いに行くと言ったから、ウソをついてしまった。だけど、ブログの知り合いがいるのは本当だから、まったくの嘘ではないよね。
「みんなね、僕のブログのファンなんだけど、慶応や早稲田、東大なんかの頭良い子たちばかりだから。あんまり話が合わないから、ご飯食べてすぐにバイバイしちゃったんだよ。でも楽しかったよ」
「ふーん」
それで彼女が納得してくれたのか、ちょっと自信がなかったけど、一応は信じてくれたみたい。なにより僕がブログで人気なのを、彼女はとても喜んでくれる。たいていの事は、すぐに飽きてしまう僕だけど、ブログはずっと続けているから…。
ごはんを食べて、ふたりでテレビを見てたら、彼女はもうまるくなっていた。
「起きてる?」
布団にもぐって僕が聞くと、彼女はパッチリ目を開けた。いつも、寝ちゃったのかな?、と思って呼んでみると、たいてい起きてるんだよ。
そうして僕は、安心してまっすぐ伸びをする。彼女の胸に頭をのせて、服の匂いをかぐ。今日は、寝るまえにキスをした。
彼女の顔にかかった髪を、指できれいに梳いてあげて、わけ目を整えてあげた。長いまつ毛を閉じて、穏やかに、微笑んでいるような寝顔をしている。
僕は、いつも、そのまま眠ってしまう。