僕は誰かがまちがっていても寄り添う気持ちを持とうと思う

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歩道に鎮座する謎の障害物。街はいたるところにトラップが仕掛けられている。(撮影:チルド)

僕のいない世界

ブログを1日お休みしていた僕です。こんにちは。しかし、僕がブログを書かなくても、世界はまわってしまうのだなと、しみじみ感じているところです。

きのうは、午前中に2時間ジョギングをして、お昼からプールで1時間半泳ぎました。その合間に食事、洗濯、洗い物などしていると、時間があっというまに過ぎてしまいましたね。

行きつけのプールはお休みだったので、久しぶりに市民プールに向かいました。繁華街に近い場所にあるので、かわいい女の子ともすれ違います。

賑やかな街歩きは、新鮮な反面、こんなにたくさん女の子がいるのに、僕はどうして、だれともハグやキスができないのかな、と思って悲しくなってしまいました。


子供だった僕

さて、タイトルの「僕は誰かがまちがっていても許す心を持とうと思う」という話なのですが、みなさんは、誰かに八つ当たりされたらどうしますか?

他人だったら無視するか、自業自得ですよと諭すでしょう。身近な人だったら、それは自分のせいだから、人のせいにしてはいけないと、理詰めで叱るのでしょうか。

恥ずかしい話ですが、僕は、躾けのなっていない幼少期を過ごして、そのまま大人になってしまいました。今の彼女と出会ったときは、もう二十歳でしたが、中身は子供のままです。

ですから、ちょっと気に入らないことや、理不尽な出来事があると、すぐに彼女に八つ当たりしていました。

そんなある日、彼女のお手伝いしていたらコップが割れて、僕は手を切ってしまいました。冷静に考えれば、自分の不注意なのですが、僕は彼女のせいにして、また八つ当たりしてしまったんですね。

しかし、そのとき彼女は「ごめんね、ごめんね」と何度も謝って、すぐに病院に連れて行ってくれたのです。


人を育む

そんな僕でしたが、近ごろやっと自分のクズさに気がついてきました。すると、彼女に対してある疑問が浮かんだのです。

僕は、心配になって彼女に聞いてみました。

「あのさ、むかし僕がまちがっていて、八つ当たりしてたのに、イヤにならなかったの?」

すると彼女はこう言いました。

「そうね…。時間が経てば、あのときは間違っていたと本人が気づくから、それまで待つわ。それに、怒ったり、叱ったりするのは、あたしの感情でしょう」

うまく説明できないのですが、感情的に八つ当たりされても、そこで相手を怒る(叱る)のではなく、まずは自分が落ちついて、相手の感情に合わせてあげる、ということのようでした。

近ごろのインターネットでは、ともかく自己責任と理屈で相手を追い詰めることが正義で、その気持ちを慮ることが出来ていないように思います。とくに、はてなブックマークはその傾向が強いのです。

間違いを鋭く指摘したり、叱ることは、理性的に見えますし、格好も良いのですが、実は自分の感情を最優先しているだけ、ということを忘れないでください。



では、また明日!