おっぱいの社会的意義

きのう、このブログの読者へ向けて、僕は、「写真家が感動した瞬間を撮るんだとして、もしも大きなおっぱいに感動したらどうするの? 」って聞いてみた。

すると「奥歯を噛みしめて耐える」だったり「見なかったことにする」なんて消極的なものから、「おっぱいを持たないコミュニティはいずれ終焉する」なんて過激なものまで、さまざまな意見が集まったよ。

そこで今回は、それぞれのおっぱいが所属するコミュニティと、社会的意義について、僕なりに考えてみたくなった。


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PAKUTASO


医学的見地

まずは、おっぱいを医学的に考えてみよう。ある文献によると、鬱病になっちゃった男性には、「がんばれ」よりも「おっぱい揉む?」の方が、治癒効果が高いと言われているらしい。

これは、男のひとなら、ポンと手を打って、納得していただけるんじゃないかな。そうか、その手があったか、というインクレディブルだよ。

そして、この治療は、おっぱいの質量が大きく関係してる。おっぱいが大きければ効果が高くて、小さくなるにつれ、その効果は減少してしまう。

つまり、大きなおっぱいは、その存在だけで有用なんだ。


大きなおっぱいのデメリット

次に、大きなおっぱいのデメリットについても考えてみよう。

巷には、「肩がこる」「ブラジャーの選択肢が限られる」「消耗が早い」などの意見もあるよね。また、おっぱいが小さければ、身体にフィットする、袖のないシャツみたいな軽装備も可能だよ。

でも、そのデメリットについて、実際に大きなおっぱいの人に聞いてみたら、まったく不便を感じていない、って答えるんだよ。

思うのだけど、もしかしたら、そういったデメリットは、おっぱいが大きいことじゃなくて、大きなおっぱいを持つ者が、持たざる者に対して、気を使っているんじゃないかな。


おっぱいの社会的意義

ここまで来たら、後戻りはできないよ。おっぱいの社会的な位置づけについても考えてみる。

おっぱいは女性の幸福度に関係する?

誤解を怖れずに言うと、女性の幸せは、おっぱいの大きさに比例してる。なぜなら、おっぱいは、社会的な階層についても影響を及ぼしているからだよ。

僕が見てきた社会では、大きなおっぱいほど、有利なポジションを占めている。

具体例をあげると、僕は仕事がら、さまざまな企業へ出入りするのだけど、その中でも、会計事務所、建築設計事務所など、いわゆる士業の事務員さんは、大きなおっぱい率が高い。

いっぽうで、一般に下流と呼ばれる、食品メーカー、コンビニバイト、工場、派遣の女性などは、全体的に小さなおっぱい率が高いよ。というか、大きなおっぱいを見たことがない。

また、地方と都市のおっぱい格差もある。田舎では、駅に近いほど、大きなおっぱいに出会うし、たまに博多へ行くと、目を疑うような大きなおっぱいだってある。

以上をふまえて、僕はひとつの法則性を見いだした。

・小さいおっぱい:下流
・大きいおっぱい:上流

これは、生まれたときは、同じ場所から流れていくおっぱいの群れが、大きなおっぱいは楔(くさび)となって、上流に滞留し、小さなおっぱいは、その軽さゆえに、どんどんどんどん、下流に流れていってしまうのに、とても似ている。

つまり、大きなおっぱいほど、人生の荒波に耐えやすくなっているんだ。


終わりに

おっぱいの社会的意義という話題だったけど、納得してもらえるかな。

…念のために断っておくと、これはあくまで僕の個人的な見解だから、世の中には、まだ色々な考えがあると思う。

また、僕は、おっぱいの大小について、いかなる偏見も持っていないと断言するよ。ましてや、女性を不当に貶める意図はないことも付け加えておく。

ただ、ちょっと思っただけなんだ。

おっぱいの大きい人と、小さい人がいるよねって…。それに、繁華街のオフィスや、都会に行くと、本当におっぱい大きい人が多いんだよ。



おっぱいの社会的意義…という話題でした。