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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

はじめて作文を書いた思い出

こんちは。物書きのチルドです。

僕は小学生のころ、いつも先生に怒られていた。落ち着いて授業を受けるのが難しかったんだよね…。いつも騒いでいて、先生に注意されていた。

そんなダメな僕が、一度だけ褒められたことがある。それが「作文」だった。

ある日、国語の授業で、自由に好きなことを書いていいことになった。クラスのみんなが書いたら、それをぜんぶ綴じて、父兄に回覧するという、当時の担任、宮沢先生の企画だった。

そのとき、僕が書いたのは「きらいな算数」という作文だった。内容は算数の授業についてだった。

嫌いな算数の授業が始まった─

時計をなんど見ても時間は進まない─

終業のベルが鳴り、僕は救われた─

要約すると、そんな感じだった。

出来上がった作文は、クラスの全員分がまとめられて、各家庭に回覧された。

僕の書いた作文は、みんなの親にとても好評で、戻ってきたら、花丸がたくさんつけられていた。僕には、ぜんぜん意味がわからなかったけど、素直に嬉しかった。「面白い。よく書けています」なんて、メッセージまで書いてくれてた親もいた。

つまり、今の僕のブログが人気なのは必然なんだと思う。純粋に生まれ持った才能によるものなんだ。それは、若干8歳にして、すべての大人の心を揺さぶるくらい、たぐい稀なる文才だった。

担任の宮沢先生

でも、ひとりだけ、その才能を憎むひとがいた。それは、作文の回覧を企画した担任の宮沢先生だった。

先生は、放課後の教室で、僕と2人きりになるとこう言った。

「チルド君の作文ね、みんなのお父さんやお母さんが褒めてたよー。よかったねー」

放課後に残されて、また怒られるのかなって思ってたから、僕は心底ホッとした。それにいつも怒っている先生が褒めてくれて嬉しかった。素直に嬉しかった。

だけど、なんで、みんなが帰ったあとに言うのかな、と不思議にも思った。

すると、先生は、急に僕のまえにしゃがんで、同じ目線になるとこう言った。

「ねえ。わたしの授業、そんなにつまらない?」

宮沢先生から、いや、大人から、あんなに近くで真剣に話されたことがなかったから、僕はびっくりしてしまった。

そして、やっぱり、なにか良くないことがあったんだと思った。

僕は、なんて言えばいいのかわからなくて黙っていた。すると先生は、僕の両肩をガっとつかんで言った。授業がつまらないのではなくて "君が" 勉強が嫌いなだけなんだよ、と、強く念を押した。

そして去っていった。

振り返りながら

いま考えてみると、僕の作文は、みんなに賞賛されたけど、同時に、宮沢先生の授業がつまらないという正直な告白でもあった。

そんな感想文が、みんなの親に回覧され、あげくの果てに、よく出来ましたなんて褒められてしまった。

あの時、宮沢先生がどんな顔をして、なんと言ったのか、はっきりとは覚えていない。だけど、あの不穏な空気だけは、今でもよく覚えている。

僕は、この才能と、どう向き合っていけばいいのだろう。例えばこれが、絵の才能であれば、こんなふうに、人をイラ立たせることは無かったと思う。言葉と共感は人を傷つけ、ときとしてそれは激しい憎悪となって、僕に跳ね返ってくる。

僕はこれから、誰のために書くのだろう。

何のために書くのだろう。


言葉をさがす旅は続く