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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

見せかけの平和。インターネットの危機はみんなのアイコンできっと救える

近ごろのブログをみていると、みんなしっかりした文章を書いてるから、僕だけ拙くてちょっと気遅れしてしまうんだ。

僕のインターネット歴は、2ちゃんねる生まれのはてブ育ち。「ウソをウソと見抜けないとインターネットは難しい」って教えられて育った世代だよ。アフィリエイトもろくにしなくて、ブラウザゲームで遊んでばかりだった。

人並みにオンラインゲームをやって、初期の炎上もつぶさに見届けた。ウィニーは熱心で、プロバイダとのディベートを中心に活動してた。つまり、ダウンロードのやり過ぎで警告されてた。

それなりに充実した生活だったけど、ネットの景色も少しずつ変わり始めてた。実名アカウントとフェイスブック、ミクシィのアイコンが流れ込んできた時代。

そんなある日、一本の電話がかかってきた。その男のひとはしょっちゅう電話してきて「メタルを光に変えろ」と言ってきた。そのたびに僕は「メタルは渡せない。ADSLを愛しているからだ」って突っぱねたんだ。何度もね。

そして、プロバイダの要求を、頑なに拒んだ結果、12月31日に回線を遮断された。ADSLを、メタルを熱愛していた僕は、ソフトバンクのやり口に震えた。

そして、心に深い傷を受けて、インターネットをやめてしまったんだ。


生活からインターネットを遮断してみると、それは意外と悪くはなかった。生身の人々は傷ついた僕をすんなり受け入れ、そして、一定の距離を保ちながら接してくれた。穏やかに勇気づけてくれたんだ。


そして今年の始め、3年のブランクを経て、再びインターネットに帰ってきた。はてなブログをはじめたんだ。久しぶりに吸ったウェブの空気は新鮮だった。さんさんと照りつけるブルーライトが眩しかった。生きている実感が戻ってきた。すべてのアイコンに祝福を贈りたい気分。

またネットで生きていける。多くのアイコンと交わり生活できる。僕は、素肌に革ジャンを羽織り、真新しいグリップの手斧を携えて、第二の人生をスタートしたんだ。

戻ってから、あの当時、光り輝いていたプレーヤーが散り散りになっていることを知った。僕は必死でそのログを拾い集めたりしたけど、途中でやめてしまった。結局のところ、ときの流れを戻すことなんて、出来やしないからね。

それから、むかしネットで学んだことが役に立たなくなっていた。「ウソはウソと見抜ける人」の"ウソ"の定義が壊れてしまっていた。仮想が現実に塗りつぶされていた。

ネットが仮想現実って認識は、どのタイミングで崩れ去ったのかな。「ネタ」ってタグも見かけなくなったし。インターネットネイティヴの若い世代と、ネットを現実の延長線上に紐づけたフェイスブック層なのかな。なんにせよ、人々の認識が変化したんだから、それを受け入れるしかないよね。


大きな要因は、やっぱりお金。観測範囲内のブロガーで500万なら、それ以上稼いでるプレーヤーがかなりいるよね…。

むかし、紙切れが実体を持ったみたいに、 お金がインターネットに実体を与えた。ゲームにお金がベットされたから、ブクマはレイズされて、ネタがネタでなくなって、うそはうそでなくなって、遊びは本気になった。資本が流れ込んだ市場は危険でいっぱいだ。

だから、ネットは昔より今のほうが怖い。

これは、インターネットが始めて直面する危機かもしれない。だけど僕は戦うよ。インターネットの危機は、みんなのアイコンできっと救える。