科学者になりました

こんちは。科学者のチルドです。

はぁ?いつから科学者になったの?って思われますよね。ウソじゃないんです。僕は立派な科学者なんですよ。

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「科学的とはどういうことか」を考えさせられますね〜。ぼくは「外から流れてくる数字や言説を信じず、まずは自分の体で試して、確認すること」が科学的だと思うかな。そこから探求が始まるわけですから。自分のことばで語れるようになります。by イケダハヤト

ほらね。

いぜんから僕は、このブログで、実体験を元にした情報を発信してきました。それが、こういうカタチで評価してもらえるのは、とてもうれしいですね。

なんだか、自分の存在意義が証明されて、意識が高まってきました。本当にありがたいことです。

一方で、数字や言説を信じなくて、自分の経験則で語るなら、科学は必要ないんですよ。

つまり、否定と肯定が仲良く同居する、いわば宇宙的なパラドクスを内包した迷言でもあるんですね。

僕も、そうゆう者に、早くなりたいです。


振り返れば、平凡な人生でした。

僕は、世界一周どころか、海外旅行も行ったことがないんですよ。東京は修学旅行で秋葉原を見ただけですし、ディズニーランドは一度しか行っていません。おまけに女性経験は3人だけです。

こころを病んで仕事を辞めたこともないし、死ぬほど思い詰めたこともないんです。僕が仕事を辞めるのは、飽きたからが8割なんですよ。

みんなは、華やかな世界に憧れたりするんですが、僕はそうでもありませんでした。なんというか、目立ったり注目されたりすると、疲れてしまいそうなんです。

そう考えると、みんな野望に満ちあふれてるなあと思うんですよ。お金持ちになりたい、有名になりたい、リスペクトされたい、旅をしながら生活したい。名声が欲しい、才能が欲しい、理想的な家庭が欲しい、自由が欲しい、時間が欲しい、健康が欲しい、愛が欲しい、ついでに愛人も欲しい。

疲れませんか?

どれも、努力なくしては手に入らない物ばかりです。そして、手に入ったら、失わないために倍の努力が必要になるんですよ。

そして、努力の評価は、すべて金銭で計られてしまいます。つまり、お金にならない努力は、ぜんぶ無駄な努力、間違った努力として、塵芥の価値もありません。

僕は、そんな時代を生きています。