散るろぐ

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕が最も影響を受けたアーティスト「ジージー」のパフォーマンス

先日、僕のライヴでクレジットカードの熱いソウルをぶちまけたところ、一部のオーディエンスが柵を乗り越えて心のステージに飛び込んでしまうハプニングが起こりました。



責任を転嫁するわけではないのですが、僕がクレジットカードに対して必要以上におびえてしまうのは、日本の教育、そして親にあると感じています。

義務教育にマネー科目がない

これは、もう、以前から各所でシャウトされていることですが、日本のメジャーシーン(義務教育)にはマネーの教育がありません。

僕の最終学歴は高校なので、義務教育とまで言ってしまうと語弊があります。が、しかし、実際は高等教育までをインディーズと定義するのが現実的ではないでしょうか。

その過程においてマネーの教育がなされていない。

つまり日本の教育は、ビートルズもペットサウンズも聴かせずに、子供を社会に放り出しているわけです。

親のリテラシー

恥ずかしい告白ですが、僕の父親のエピソードを聴いてください。

あれは19歳の冬のことでした。僕は買ったばかりのクルマに彼女を乗せて真夜中のドライブをしていました。


f:id:cild:20150926132601p:plain
https://www.pakutaso.com

すると、不意に側道からヘッドライトの明かりが2人を照らしたのです。僕はテールランプを5回点滅させましたが、時間(とき)は無情に流れ去り、飛び込んできたセルシオと車体が激しくキスしてしまいました。

僕はすぐにポリスへ真夜中のベルを鳴らしました。その場はクールを装って淡々と事後処理を行い家路につきましたが、ひび割れたハートには土砂降りの雨が降っていました。

相手は高級車。

僕は凹んだアルトの傷口に手を当てたまま、胸に不安のペインを抱えて浅い眠りについたのです。

翌朝、目が覚めてから、マイ・ファーザーに事故の真相を打ち明けました。なにかアドバイスが欲しかったのです。

ところが、僕が事故のあらましをファザーに話していると、ヤツは、手を横にサッとふりトークをストップさせました。そしてこう言い放ったのです。

「オレはなにも聞いていない。厄介なことになるまえに(自分で)なんとかしろ!」

親子とはいえ所詮は他人か…。

そう思いました。そして親父は、全身から二日酔いの匂いを漂わせつつ、寝床へ帰っていきました。

これはほんの一例です。

ヤツは一時が万事、この調子(リズム)でした。クレジットカードについても「とんかく危ねぇモンだから手ぇだすなぁ」です。

教育の格差

僕は「自己責任」というフレーズが苦手です。とても便利なリフですが、そればかりに頼っていると本質は見えなくなってしまいます。

マネーの知識についても、教育の不備を親のリテラシーで補っているのが現状ではないでしょうか。願わくば、教育にマネーを。そして、親のリテラシーを起因とする、教育格差の負連鎖を止めていただきたい。

僕はそんな想いを胸に秘めながら、ブログ活動を続けています。

最後に補足しておくと、マイファザーは悪いヤツではありません。団塊の世代に生まれ、地方から東京の大学へ進学し、中退(夜の世界に染まった)した、ちょっと自分に甘い自由人というだけです。現在は、孫を全力で可愛がり、ジージーの愛称で親しまれています。

僕の適当な文章は、生まれた時から聴かされたジージーの酔いどれブルースの影響を受けているのかもしれません。長生きしろジージー。

そしてポックリ逝ってくれ。



僕が最も影響を受けた「ジージー」のパフォーマンス…という話題でした。