お得を優先しない、そんなツイッターが話題になっていた。
どういう内容かというと、あふれるセールやクーポン、投資など、いわゆる、お得になる仕組み。これをあえて使わないのは、お得を判断基準にしてしまうと、本当に好きなものを選べなくなって、人生が窮屈になるかららしい。
たしかに、そうかも知れない。
スーパーのチラシを見てから、安い商品をわざわざ遠くまで買いに行く、みたいな時代もあり、それは令和のインターネットによって、さらに加速しているから、もう振り回されるのはウンザリ、という気持ちは理解できる。
体力の弱い者が狙われる
どちらが得か?という判断には、少なからずエネルギーを消耗する。おなじ品が、150円と200円なら、安いのを手に取ればいい。
だけど、現実はそう単純じゃない。
企業は、安くするかわりに、会員登録をさせて情報を収集したり、次回に繋がるよう割引券に置き換えるなどして、利益の最大化を目論んでいる。
政府は、ふるさと納税なスキームを通じて、確定申告の促進と、地方の活性化を目論んでいる。役所は、タライをまわしたり、ナゾの方程式をでっちあげて市民を欺くのに勤しんでいる。
どちらも「お得」の裏側に本音を隠している。それを不快に感じる肌感は正しい。
やさしい世界にはならない
ただ、僕の知る世界は、そんなにやさしくない。判断は消耗する、コストがかかると書いたが、そのコストを惜しむと、思わぬデメリットを被る可能性がある。
統計上の問題になるけど、予算を1割、10%だけ減らしたい(あるいは増やしたい)場合に、判断の障壁を作って、取れるところから取る、ということをやったりする。
そもそも判断ができない、もしくは判断できるが目を背けている、そういった人々が狙われると思っている。
ウチのおばあちゃんは、某施設のサブスクリプションに加入してしまい、毎月1万円引き落とされていたけど、なかなか解約できず、30万ほど損してからやっと解約の意思決定ができた。
ずっと正社員で働いていた、しっかり者のおばあちゃんだけど、お得を判断できても目を背けているタイプで、件のツイッターと同じ感覚のように思う。
お得に背を向けるのは個人の勝手だけど、理解しない、調べるのが面倒、という先送り思考は、思わぬ被害者になるリスクを孕んでいる。
お買い得感の過度な演出、購買意欲を過剰に煽るコピーライティング、煩雑な手続きを要求する役人、ナゾの方程式で減らされる年金。
そんな、まやかしのない場所に、僕も住みたい。
でも、世界はそんなにやさしくない。