「結婚は現実だ」なんて、物知り顔のおじさんは言うよね。
巷(ちまた)では、40歳すぎて結婚してない男は人格障害なんだって。だから、僕も、性格や精神が異常なのかも。
でも、裏返せば、結婚というものが、自分を真人間にするパスポート、あるいはライセンスになるってことなんだ。
つまり、結婚さえすれば、女の子に一人前と認めてもらえるし、子供も授かれば圧倒的に成長もできる。わがままで野生に満ちた子を育てると、その苦労が自分を成長させる。
だから僕も、結婚のライセンスに、どうしようもないほど恋い焦がれ、狂おしいほど憧れてしまった。
アンタの稼ぎが悪いからパートなんかしなきゃならないのよ!
僕は、ずーっと給料が安くて、43歳になった今も、月の手取りは15万円。ボーナスはなし。だから、世間の「稼ぎが悪い」って言葉には、すごく敏感になってる。それを、女子高校生くらいの、若い女の子が口にしたから、思わず聞き耳を立ててしまった。どうも、その女子高校生グループの中の子の親が、夫婦ゲンカしたらしい。
そして、お母さんが口走ったのが
「アンタの稼ぎが悪いからパートなんかしなきゃならないのよ!」
って、セリフだった。
たぶん、家事の分担とかで言い合いになって、怒ったお母さんが、お父さんに言ったんだよ。
たしかに、お父さんがもっと稼げば、お母さんがチャチなパートなんかしなくていい。家事だって余裕でできる。
それは、あまりにも正しくて、透き通るほど正しくて、つまり、正論すぎてグウの音も出ないってこと。
だけど、もしも僕が、結婚してケンカして、お嫁さんにそう言われたら耐えられるのかな。子供の聞いてるところで、稼ぎが悪いから、お母さんにコンビニでバイトさせて、娘には、割れたスマホでガマンさせてる。
やっぱり、稼ぎが悪いのに結婚したのは間違いだったかも。現実に、可愛い娘がドトールで泣いて、友達に慰められてる。
結婚、リスク大っきすぎる。
僕のちっぽけなスキルセットじゃ、不幸な結末しか見えない。
稼ぎの悪い者の宿命なんだ。
運命なんて信じないけど、僕の稼ぎが良くならないのは信じられる。プロミス。
生まれたときからのルーザーが、結婚したら急に勝てるようになるワケない。愛のチカラで賢くなるワケもない。
「アンタの稼ぎが悪いから」
あれから、あの言葉が、僕の深いところに刺さり、大きな根をはっている。
街を歩けば、稼ぎの悪い者共が、稼ぎの悪そうな顔色で、稼ぎの悪そうな目で働いている。あそこのアイツは子供の手を引いている。まさか、結婚のライセンスを持っているんじゃないだろうな。
その子は将来、割れたスマホを持つことになるぞ。そして、愛したお嫁さんに「アンタの稼ぎが悪いからパートなんかしなきゃならないのよ!」と、言われる運命にある。