今月の給料は15万円だった。いろんなものがさっぴかれた残り。
そういえば、高校を卒業してすぐに働いた、焼き鳥屋さんでは16万だった。昼の3時から夜中の3時まで働いて、休みは月曜日だけ。
健康保険も税金も払っていなくて、保険証もなかった。ようするにお役所に届けも出されていなくて、あとから国民年金2年分の請求書が届いて20万円近く払った。
あれから、相変わらず職を転々として、いろんなところで働いた。深夜のコンビニ、骨組みだらけの建築現場、野菜のトラックでの田舎の道を200㌔、毎日往復したりしていた。いつもおなじ場所からおなじ場所へ。おなじ景色を見ながら、行っては戻り戻っては行ったりしていると時間が止まっているみたいだった。
その会社には、大手運送会社の部長をしていたという、江戸時代の落ち武者みたいな先輩がいて、なぜか僕は落ち武者に好かれてた。
落ち武者は、いつからか毎日僕の助手席に座るようになって、200キロの道すがら、ひたすら落ち武者を語りつづけて、それが、トラックに積んでいるどんな荷物よりも重くて、僕は押しつぶされた。
クタクタのからだをひきずって家に帰ると、いつも年上の彼女がそこにいた。初めの頃は「次はキミに向いた仕事がきっと見つかるよ」「この会社はキミの性格にピッタリだと思うわ」
とか、励ましたり、仕事を紹介してくれたけど、いつもうまく行かなくて、何度もくりかえしているうちに、漫才のボケとツッコミみたいになってしまった。
僕は、相変わらず、同じ道を行ったり来たりしながら、同じ場所から、同じところを、ぐるぐるまわっている。
学生のころは、誰かを好きになっても、僕には幸せにできないから、誰も好きになれなかった。もしも、大人のように働けたら、好きな女の子を幸せにできるのにって思った。
でも、大人になってみると、僕はポンコツで、長続きしなくて、お金もうまく稼げないのを知った。
昨日は、彼女が少ない給料で買ってきたシャインマスカットを、気がつくと半分以上食べてしまった。シャインマスカットは、品種改良した種のないブドウで、皮ごと食べられる高級フルーツなんだ。田舎のこっちで2千円以上するから、千疋屋なら、ひと房で1万円するかもしれない。
前回、買ってきたときは、僕が食べてしまって、そして今回も、もう半分食べてしまった。果物好きな彼女が楽しみにしていたシャインマスカット。僕がパクパク食べている。
帰ってきた彼女に、僕があやまると「いいよ、キミのために買ってきたんだから」と言った。
それを聞いて、のどの奥が詰まって、僕は声を出してわんわん泣いてしまった。
僕の20年は、ただ過ぎ去って、ふり出しに戻って、あの日から1ミリも変わらず、同じところをぐるぐるまわってる。
もう、ずっと彼女の老後を、安泰にすることはできない。そんな悲しみに打ちひしがれながら、僕は残りのシャインマスカットをぜんぶ食べた。
