今朝はホントに冷えますね。これから春まで、ずっとこんな感じだと、先が思いやられます。
僕が自分の家に火を放ったのも、こんな寒い日のことでした。当時の僕は7歳、木造モルタル2階建てに住んでいました。
1階の店舗ではスナックを営んでいました。今風に言うなら個人経営のバアです。そして、裏の細い階段を上がった2階に、両親と姉、それから僕の4人で、肩を寄せ合うように暮らしていました。
僕は学校から帰ると、首から下げた鍵でお店のドアを開け、家に入ります。カウンターとテーブル席が2つ並んだ無人の店内を横切って、奥の小部屋に入ります。そこには、テレビとコタツがあり、僕はテレビの電源を点け、ダイアル式のチャンネルをガチャガチャあわせて、アニメの再放送を見ていました。
姉の姿は見当たりません。彼女には、幼い僕には理解しがたい、ある種の美学から、極力この生活から距離をとっているように思えました。
父は日雇いの土木工事へ出かけていました。父には、幼い僕には理解しがたい享楽があり、自ら営むお店で、お客さんと一緒にお酒を飲み、陽気に騒ぐという習性がありました。
売り物を自家消費してしまうので、当然のことながら、経営は傾きます。そのため、夜は宴会、昼は日雇いというナゾの2重生活に苦しんでいたのです。
いっぽうで母は、昼間はずっと2階で寝ていました。夜通しお店で、お客さん(そして父)の接待を強いられるのですから、疲労困憊するのも無理はありませんでした。
そして僕は、学校から帰ると、ひとりでコタツに入り、アンテナが途中で折れたテレビを点け、アニメを見ていたのです。
その折れたアンテナは、先端が鋭利に尖っており、のちに僕は、それでアゴを6針縫う大怪我をするのですが、その時はまだ知る由もありませんでした。
アニメが終わると、僕は、2階へ続く急な階段を元気に駆け上がり、母が眠る寝室の障子を開けました。
「ママ、ただいま…」
返事がない。ただのしかばねのようだ、とは思いませんでしたが、近づいて母の寝息を確かめるのが、その頃の僕の日課になっていました。
それから、日頃であれば、外へ遊びに出るのですが、その日は急な階段のまえに腰かけて、その暗闇の先をずっと眺めていました。
数日前の晩、僕はその階段の上から姉を突き落とてしまったのです。華奢な姉は、なす術もなく、悲鳴をあげながら下まで転げ落ちて行きました。
幸い姉は無事でした。頭、腕、両足に複数の打撲がありましたが、大事には至らなかったのです。しかし、僕は両親からこっぴどく叱られ、姉とはそれっきり、会話を交わすことはありませんでした。
そんな回想を経て、いよいよ、僕は、ポケットからライターを取り出しました。それは、近所の駐車場で拾った、安っぽいドラム式のライターでした。
僕はライターを手に立ち上がり、廊下の柱に吊るしてある箒に歩み寄りました。
そして、しゃがみ込むと、ライターのドラムを、カシャッ、カシャッと回して、箒の先に火をつけたのです。
最初は、チリチリと、しかしそれは、ひと呼吸で一気にブワッと燃え上がりました。その火の大きさは、とても子供の手に負えるシロモノではありません。
あせった僕は、箒の柄をパーンと叩きました。すると、箒は、吊るしてあった紐を視点に、振り子のように大きく左右にふれました。そして火は、障子に燃え移ってしまったのです。
目の前では、障子がメラメラと燃え盛り、その向こうでは母がスヤスヤと眠っています。
僕は「ママ…ママ…」と、うわ言のように繰り返していました。
するとどうでしょう。先刻まで熟睡していた母が、ゼンマイ仕掛けの人形のように飛び起きて、僕の脇をぬけ階段を転がるように落ちて行きました。
僕はそれをア然と見送って、燃え盛る障子の前で立ち尽くしていました。火はますます大きく、そして強くなり、天井から黒い煤があたり一面に降ってきました。
そのときです。階段を駆け上がってきた母が、手にした消火器を振り回し、今度は視界が真っ白になってしまいました。
しゃがんでいた僕が、恐る恐る目を開けると、廊下は白い粉が雪のように積もり、障子は無惨に焼け落ちて、その枠組みだけが残っていました。
母の手には、まだ消火器のホースがにぎられ、その目は大きく見開かれていました。
その後、僕は、帰ってきた父から、犯行の動機と手口について、厳しい取調べを受けました。
僕は「自然と火がついちゃった」という、自然発火説を唱えましたが、到底受け入れられるはずもはなく、最後は大泣きすることによって、事件の真相は闇に葬られたのです。
近ごろ、朝はめっきりと冷え、空気がとくに乾燥する季節になりましたね。
ご家庭のみなさま方におかれましても、一家に一本の消火器を、ご準備されてはいかがでしょう?
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僕のお家が燃えちゃった…という話題でした。