*
人の人生は不完全なミステリーだ。
幾重にも張りめぐらされた数々の伏線を、ひとつも回収することも出来ず、それどころか絡み合った糸に足元をすくわれ、ときには鎖のように自分自身を縛りつけてしまう。
僕には見える。
みんなが、それぞれの胸に抱える迷宮の中で、複雑な伏線に捕らわれ、もがき、這いずり回る姿が。今にも千切れそうな細い糸を頼りに、未来という不確実な奈落へ震えながら降りていく姿が。
僕は強い。おそらく誰よりも強い。
頭脳明晰なひと。お金儲けがうまいひと。身体能力が高いひと。いわゆる、優れた能力を持つ人々に、僕は勝つことが出来ないだろう。
しかし、僕は知っている。
自分自身の限界を知っている。それは、知能であり、才覚であり、欠点である。すべてを俯瞰して見通す第六の感覚によって、誰よりも自分自身の身の丈を、正確に測ることが出来る。
人はみな恐れている。
頭脳明晰であればそれが衰えることを。才覚があれば持つものを失う恐怖を。身体能力に優れていれば、さらに高い能力を持つものの出現を。常に、常に怯えながら生きているのだ。
僕に失う物は無い。
明日、失業すれば、そんな物だと笑うだろう。明日、無一文になれば、残念だとため息をつくだろう。最愛の人が亡くなれば手厚く弔うだろう。そして、もしも世界中の人々が、突然消滅してしまっても、やれやれだと呆れるだろう。
だからと言って、僕が変わるわけではない。僕の存在は、いつでもここに有る。そして、いつか消え去ることもわきまえている。
すべての営みは、誕生と消滅を繰り返し、休むことなく時間は流れて行く。僕はその流れに乗る者だ。流れを操る者だ。
僕の人生は、僕の手の中にある。
しかし、最近、老いたなと思う。人を愛し過ぎたり、必要以上に感情移入してしまったり、余計な世話をやくようになってしまったり。
おまけに、自分自身が失われたら、世界中に悲しんで欲しい、人類史上最大のピラミッドを積み上げて欲しいと願うようになった。
権力だ。溢れんばかりの権力だ。
世界の半分が欲しい。