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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

大切な人はすぐそこにいる


この人が死んでしまったらって、想像したことがある?

僕にとって大切な人が、火葬場で燃えてしまって、骨になって、粉々になってしまったらどうしようって。

大切な人は、人それぞれだよ。お嫁さんや子供、親であったり、友人であったり…

僕なら、姉と、それから彼女。

姉とは、疎遠にしてるし、仲良くないけど、やっぱり、居なくなったら悲しい。少なくとも、僕よりは長生きしてほしい。

彼女の方も、先に去ってしまうのは、逃れられない事実なのだけど、考えたくない。彼女のいない世界を想像したら、体温がすーっと下がって、気を失いそうになる。

本当に大切なことって、わりとすぐそこにあって、特別な日じゃなくて、ありふれた日常。

いっぽうで、生活習慣病にかかったら、自己責任だから死んでしまえという人がいる。

でも、たとえば、自分の身近な人が、スポーツをしてケガしたらどうなるんだろう。

スポーツをすれば、怪我をする可能性もあって、それは自己責任なのだけど、そのとき、大ケガをして、治療費が払えなかったらどうするの。

自己責任だから放っておく?

おそらく、そんなことはできない。どうにかして助けようとするはずだよ。

自己責任を叫ぶ人って、実際に、苦しむ人が目の前にいないと、その痛みを想像できない。自分がこうむる、不利益しかない。

そういう人に、文章を書く資格はないよ。

僕だって、身勝手なことを書いて、お叱りを受けることもある。だけど、弱ってる人を叩いたりできない。

人工透析してたら、もう治らないんだよ。

そうゆうの、支え合っていけるのが、社会であり政治なんじゃないかな。そのための豊かさじゃないの?

たしかに、給料明細を見ると、驚くほど天引きされているし、税金の使い道にも納得いかないこともあるよ。

だけど、どんな病気になっても、みんなで支え合っていく、この仕組みを作った人たちに、感謝する気持ちは、忘れないでいたい。

自分のためにも、みんなのためにも。