今週のお題「秋の味覚」
毎年、この時期になると、ワタリガニが港にぽつぽつあがってくる。同じカニでも、ワタリガニは、毛ガニやタラバガニに比べてタイニーでトガっている。だから、身は少ないけど、味はそこそこに美味しい。
僕がはじめてワタリガニを食べたのは、二十歳を過ぎてからだった。場所は、年上の彼女に連れられて行った、隠れ家のような小料理店。二人だけで祝う、僕の誕生日だった。
苦手な米茄子や、平アジのお刺身を食べて、カウンター席で足をぶらぶらさせていると、彼女から「カニ、食べてみる?」と聞かれて、僕はコクンと頷いた。
たぶん高かったと思うのだけど、正直、それほど美味しいと思わなくて「美味しい?」と聞かれたから、曖昧にうんって言っておいた。
翌日、彼女は、ちゃんとしたのを食べさせてあげると言って、港からワタリガニを調達してきた。そして、元気に動きまわるそれを捕まえて、ヒモで縛ってナベに火をかけた。
モクモクと湯気のあがるナベから、赤くなったワタリガニをひきあげて、器用にほぐしていく。外した甲羅の中に、爪や足からとった身を積みあげていく。
漁師町で育った彼女は、熟練の手捌きで、あっというまに、身と殻をとりわけてしまった。僕もとなりで真似したけど、ぜんぜんとれない。コツがあるのかな…。
やがて、甲羅にこんもりと身の乗った、「ワタリガニのむき身カニ味噌仕立て」が完成した。
僕が手を叩いて喜んでいると、彼女が大きいスプーンを持ってきてくれた。
ほぐした身を慎重にスプーンですくって、口に運ぶと、濃厚なカニ味噌の風味が口いっぱいに広がった。その身には、磯の香りがギュッと詰まっていて、噛みしめるほどに、カニカニしい味がした。
これがワタリガニなんだと思った。今までのカニはなんだったんだろう。同じカニだとは思えなかった。
今日、ひさしぶりにカニを食べて、最初に食べたときの感動を思い出して書いてみた。
記憶の中の僕は、二十歳になって仕事もしていたけど、やっぱり幼稚だった。なかなか普通に振る舞うことができなくて、楽しければ、ひとりでもキャッキャと笑っていたし、つまらなければ、周りのことも気にせずに、ふてくされていた。
それでも、三十歳になったころ、やっと大人になれた気がする。
これが、大器晩成ってやつかな。
明日から、がんばる。