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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

ニュータイプだったころの思い出

「残留思念」

僕がその言葉を知ったのは、中学生のころだった。たしか、富野由悠季の小説じゃなかったかな。あの、機動戦士ガンダムを作った人だよ。

ガンダムは、宇宙戦争を描いた小説なのだけど、その戦場では「ニュータイプ」と呼ばれる少年少女が戦っていた。

宇宙では、地球上のように、言語でのコミニュケーションをとったりできない。その環境に適応して、思念によって意志の疎通ができる人類。それがニュータイプなんだよ。


もしも今から宇宙戦争が始まるとしたら、中学生の僕も、戦争に参加しなきゃならない。コイツ動くぞ、とつぶやきながら、モビルスーツに乗らなければならない。

そこで、僕は、ニュータイプか、ニュータイプでないかの適性が試される。今は14歳だから、微妙なところだけど、精神年齢の幼さにはちょっと自信があった。やれると思っていた。

そんな日常の中で、僕は「残留思念」をいつも探していた。その場所に誰もいなくても、精神を研ぎ澄まして、過去からの声に耳を傾けた。


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その鍛錬に明け暮れる日々で、もっとも残留思念を感じたのは、トイレの中だった。まったく無臭であっても、便器に座るだけで、そこに思念を読み取ることができた。

過去に、誰かが、この場所で味わった産みの苦しみ。お腹がごろごろなって、その後にくる開放感。その残留思念を、僕は明確に読み取ることができていた。

あれから、20年以上の月日が流れ、幸い宇宙戦争は起こらずに、僕は戦場に行くことも、モビルスーツに乗ることもなく、無事に今日まで生き残った。

だけど、ニュータイプとしての記憶は、しっかりと焼きついている。今でもやっぱり、トイレの個室に入ると、幾千の残留思念が、螺旋状に渦巻いている。

今日もさっき、トイレへ行ってきた。そこで僕は、残留思念ならぬ、残留物と出会ってしまった。

トイレの個室に駆け込み、ふと視線を落とすと、そこには、知らない誰かの残留物が残っていた。

なんで流してないんだ…。僕はもう、それを見た瞬間に、立ち去ろうとしたけど、もしも入れ違いに誰か入ったら、僕がやって流さずに逃げたと思うだろう。

それだけは避けたかった。僕は仕方なく、個室にカギをかけ、タンクのレバーをひねった。


こんなことがあるのだろうか。

水を流したのに、ぜんぜん流れていない。それは、流す前と、まったく同じ状態で、そこに、そのまま残っていた。

要するに、キレイな1本物が、縦に落下しているから、上からの水圧にも強く、さらに、便器の底にしっかり密着しているので、流したのに流れない。

こんな経験は初めてだった。

ともかく、流さなければ。僕は、まわりを見回したけれど、公共のトイレには、手ごろな棒もなく、途方に暮れそうになって、気がついたのが紙の存在だった。

トイレットペーパーを少し余分にとって、底に貯め、それらレバーを押す。こうすることで、上からの水圧をしっかりかけるのだ。

ペーパーを投入し、再度レバーを引く。水がダバァと流れて、便器の底に泡と水しぶきが発生する。僕はその様子を、祈るように眺めていた。これで流れなかったら、もう打つ手がない。

祈りの数秒後、それは流れ去っていた。縦に一筋の痕跡が残っているものの、本体は完全に流れ去っていた。

僕は、ようやく落ち着いて、便器に腰を下ろした。

残留思念。それは過去からのメッセージだ。

このトイレは、ウォシュレットだから、おそらくだけど、紙を使わなかったに違いない。

ウォシュレットで、フゥーとなってから、ちゃちゃっと少量のペーパーで拭い、後ろ手にレバーを引いて、確かめずに出ていく─。

僕も、流れ切るまえに立ち去ることがあるから、十分に考えられることだ。

気をつけて欲しいのは、以下の2点。

  • 紙もある程度(6巻ほど)一緒に流す
  • 結末をしっかり見届ける

今後、ウォシュレットつきのトイレを利用する場合は、ぜひとも注意していただきたい。

僕も気をつけるよ。