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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ



盗んだ欲望で走り出す

クレジットカード

こんちは。チルドです。

今年の四月にクレジットカードデビューしたのですが、請求が余裕で20万をオーバーしてきました。

公共料金やふだんの買い物にもちょくちょく使っているので、特別に無駄使いはしていないのですが、消費の傾向は大きく変わったように感じます。

迷いが消えたというか、商品を手に取った瞬間に自分の物になったような錯覚があるのです。買うべきか、買わざるべきかという逡巡が無くなり、即決するようになりました。


キャッシュレス

現金の買い物では、商品を手に入れると同じだけの現金が減っていきます。もちろん、対価としての商品価値は僕の主観でしかなく、完全に等価ではありません。しかし、商品と現金を物々交換しているアナログな感覚は確かです。

ところが、クレジットカードの決済は、その感覚が喪失されます。手元の質量は失われ、あるのは消費のイメージだけです。イメージとしての数字が減少し、物質としての商品が手に入る感じでしょうか。

これは、僕たちの消費行動を大きく変えてしまいます。物々交換の意識が希薄になることで、対価を決定するプロセスも変化していきます。

現金が無くなると、商品の価値は自らの欲求との対峙になります。そして、商品そのものの価値より、欲求の強度で意思が決定されていきます。つまり、抽象化された欲求が商品の価値を決めるのです。いま流行の「体験を売る」というアレですね。

象徴的なのは、課金型アプリゲーム市場です。いわゆるガチャの市場規模は、年間1兆円に迫る勢いで拡大されています。つまり、毎日、2億7000万円のガチャが回されているのです。


盗んだ欲望

この国では、日々、格差や貧困が声高に喧伝されています。しかし、先進国において、富はむしろ飽和しているのではないでしょうか。

高度な機械化は、生活に関わるあらゆる出費を極限までスリム化しました。すべての食品は効率的に生産され、住空間は集約され、物流のロジスティクスにより物理的な空間も圧縮されました。

つまり、過度な利便性や快適性を求めなければ、圧倒的に低コストで暮らすことが可能になったのです。

それにも関わらず、格差や貧困は生まれてしまいます。人間の業ってやつでしょうか。今日もどこかで略奪が行われています。僕たちは、どれほどの略奪を繰り返せば満足できるのでしょう。

搾取万歳 🙌🙌🙌