お詫び

おはようございます。匿名さん@世間知らずのチルドです。

朝から、自虐的な僕を許してください。

それと言うのも、昨日とんでもない失敗をやらかしてしまい、各方面に多大なご迷惑とご心配をおかけしてしまいました。この場を借りて、重ねてお詫びいたします。

詳細は省きますが、メールを複数の宛先へ送る場合、TOやCCで送ると、受け取った人同士でアドレスが見えてしまうのです。そうならないタメには、BCC(ブラインド・カーボン・コピー)で送らなければなりません。

  • TO(宛先)

「あなたに送っています」の意思表示。処理や作業をして欲しい人をTOに入れます。

  • CC

「TO(宛先)の人に送ったので念のため見てくださいね」という意味。参考・情報共有に使います。TOの人が主たる処理者のため、CCの人は原則、返信をおこないません。

  • BCC

他の受信者にアドレスが見えないように連絡する場合に利用。BCCの受信者は、他の受信者に表示されません。一斉送信の際に用いられることもあります。

引用:http://business-mail.jp/technique/to-cc-bcc

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僕は、こんな基本的なことも知らずに歳を重ねてしまいました。理由のひとつは、ビジネスでメールを使用する機会がなかったことにあります。

また、交友関係が限定され、複数の友人もいなかったため、メールに触れる機会が圧倒的に足りませんでした。

いや、これもすべて言い訳にすぎません。すべては僕の怠慢が引き起こした失態です。本当に、本当に申し訳なく思っております。


教育のありかた

この一件を通じて、あらためて考えさせられたのは、学校教育のありかたについてです。いえ、今回の失敗の原因が、学校でメールのいろはを教えてもらわなかったから、というワケではありません。そこはキチンと区別して考えています。

しかしながら、もしも僕の受けた教育に「メールの正しい使用法」が含まれていたならば、今回のような悲劇は未然に防げたのではないか、と、そう考えるのです。

現在の学校教育では、三角形の面積の求め方や鎌倉時代の将軍の名前などを学びます。(たとえが適切かどうかの判断すらつきかねるのが僕の現実です…)もちろん、それも大切なことではあると思うのですが、それより、もっと実践に即した知識を学ぶのが教育ではないか、そう感じるのです。

具体的には、以下に示すような、社会に出たときに直面するであろう知識です。

  • インターネットの基礎知識

メールの基礎、SNS、個人情報、フィッシング、ネトゲ中毒、ガチャ、パケ死、なりすまし、通報、など

  • クレジットカードの基礎知識

作り方、効能、仕組み、ブランド、ポイントの貯め方、キャンペーン、スキミング、ホワイト、リボ払いの恐怖、など

  • 保険についての基礎知識

保険の成り立ち、生命保険、終身保険、自賠責、もしも交通事故にあったら、など

  • ブラック企業の基礎知識

最低賃金の求め方、やさしい労働基準法、パワハラ、セクハラ、もしも鬱だと思ったら、など

無知は痛すぎる

今回は、僕の無知について指摘しました。これは自己責任であり、今後、学んでいかなければならない僕自身の課題です。

また、教育については、実践に即した知識の重要性を指摘しました。僕たちは、経験や失敗から学ぶことがあまりにも多過ぎます。

むしろ、少しでも知っていたら回避できたのでは? と、思えるような、社会の落とし穴に嵌まり続けています。大学生がマルチ商法にハマるのも、こうした知識が不足しているからではないでしょうか。

僕のような年齢になると、学びの機会があったにもかかわらず、それをやってこなかった、いわゆる「使えないおっさん」になってしまいます。


とりとめなく書き連ねてしまいましたが、つまり、勉強の方向性を、学術的な知識から、社会生活の知恵に転換できないものか、という趣旨です。

みなさま、どうか、よろしくお願いします。