ボロアパートと呼ばないで

近ごろ、歳のせいか文字を読むのが億劫になってきている。ブログを趣味というか、副業にしている小生にとって、これはまことに由々しき問題であり、何か対策をせねばと思案している。

巷には、らんさあず、くらうどわあくす、と云うような魑魅魍魎の跋扈する下流職もあるものの、書けと云われてかけるほど、辛抱強くもなく、かと云って興味の種も尽きてしまい、ほとほと困り果てているのである。

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ところで小生は、先月に引越して悠々自適なひとり暮らしを満喫しているのであるが、ある者にとって家とは見栄と体裁の最たるものであるらしい。

先方が申すところ、家賃三万五千円也の借家なぞ、きっとボロアパートに相違ないと申すのである。小生は決してボロなどではなく、れっきとしたマンションであると抗うのだが、ボロであると云って聞く耳を持たぬ。

いわれてみれば、廉価の家賃や、エレベエタアの無いことに、急に後ろめたさを覚えてしまうから情けない。

先方は立派な一軒家に家族六人で住んでいるのだが、六人も暮らすならば、少々の負担も苦になるまい。

そんな事情を、錦の御旗に、小生の愛するワンルウムをボロアパートと揶揄するのである。全く持ってけしからんと思いつつ、小生は歯噛みして夜も眠れぬといった次第なのである。

まったく、世間というものは、己の持つものが最上であると信じて疑わぬ愚かなものである。

そもそも、六人で月々十万の月賦を支払っているばらば、こっちは六掛けしたら二十一万ではないか。反論の余地はいくらでもあるのだが、それも馬鹿らしい。言いたい奴には云わせておけと堪忍袋に封をする。

まっこともって、人とは厄介な生き物である。

(五分)