燃え尽きて骨になってしまった

火葬場に行ったことがあるかな。

僕は生まれて初めて行ってきたよ。外観は大きなマンションのエントランスみたいだけど、そこは人を焼くためにだけ作られた専門の施設なんだ。

葬儀社のバスから降りると、雪混じりの冷風が渦を巻くみたいに吹きつけていた。僕たちは小走りに建物へ入り、奥から二番目の扉のまえに集まった。開け放たれたエレベーターの箱のような個室。そこに棺を入れて閉めてしまうと、燃えてしまうのかな。どうゆう仕組みか分からなかったけど、だれかに尋ねるわけにもいかなかった。

僕たちが、最期のお焼香をすると、お祖母ちゃんの入った棺は、機械に乗せられて、焼却炉のなかへすべるように吸いこまれていった。


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お祖母ちゃんが亡くなったのは、日曜日の朝だった。前日に、もう危ないかも知れないから、あした様子を見に来てねと言われた矢先の出来事だった。

叔母によると、夜のうちにひっそりと、眠っているうちに亡くなったらしい。享年103歳。百年を生きたその体は、とてもちいさくて、かけ布団のしたに、体が横たわっているのが信じられなかった。

見えてるのは、枕で支えられた、お祖母ちゃんの顔だけ。呼びかけたら今にも起きて返事をしそうな気配なんて、まるでなくて、干からびたミイラのような骸は、二度と目を覚まさない強い決意に満ちていた。

父と叔母が、別室に行って話を始めたので、僕はお祖母ちゃんとふたりきりになった。僕はお祖母ちゃんの頬にそっと触れてみた。指先には体温が感じられず、優しく撫でることしかできなかった。

4人の子供を育てたお祖母ちゃん。2人の孫を世話していたお祖母ちゃん。そのうちのひとりが僕だった。

僕はお祖母ちゃんの冷たくなった顔のうえに屈み込み、おでこにキスした。誰かに見られたら、絶対に気持ち悪いと思われるだろうね。怒られたかもしれない。亡骸にそんなことをするのは、あるいは禁忌だったのかな。答えはおそらく誰も知らない。

お通夜と葬儀はとても退屈だった。派手な袈裟を着た僧侶が唱える念仏に、なんの感慨もなかった。僕は終始ウトウトと微睡み、その時間のほとんどを寝て過ごした。たまに鳴らされる鐘の音で目を覚まして、また微睡むという繰り返し。


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火葬場の待合所には、ホテルのロビーみたいなソファーがいくつも並べられ、ちいさな売店もあった。そこには、ほかにも、僕たちと同じように火葬が完了するのを待つ団体がいた。

ソファーにかけたまま小一時間を過ごすと、僕たちの苗字がアナウンスされ、ふたたびエントランスへ戻った。

さっきと同じ台座だけど、乗せてあった棺は消え失せて、変わりにホネがあった。お祖母ちゃんの体は棺もろとも焼き尽くされ、なかば粉々になって、かろうじて人骨と判別できる程度の、ホネだけが残っていた。

そこで初めて僕は、お祖母ちゃんがこの世から消滅したのを実感した。あやふやだった死という現実を、ホネはなによりも雄弁に物語っていた。

姉の子供が、火がついたように泣き出した。親戚一同、ホネのまえに沈黙していたけど、近所に住んでいて、とてもよくお祖母ちゃんの面倒を見てくれた叔父さんは、目頭を押さえながら「変わり果てた姿に…」とつぶやいた。

その瞬間に、このホネは、間違いなくお祖母ちゃんなのだと理解した。胸のうちを冷気を含んだ風が吹きぬけた。それは、二度と戻らない時間と、やがて自分自身が行き着く場所へ吹く風だった。