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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

母の記憶を消す方法

暮らし

消えないよ。

こっち見てる。ふすまの影からなまはげがこっち見てるんだ。何回リロードしても管理画面の「姑」の通知を消せないんだよ…。

グーグルも消し方をおしえてくれない。肝心なときに役に立たないんだよ。インターネットは!

なんで、こんなことになっちゃったんだろう。僕がトピシュさんに母性を感じたせいかな。母の面影を投影していたのだろうか。あの高熱でうなされた晩、母への想いを無意識に綴ってしまったのかな。

だとしたら、今こそ僕は母について書かなきゃならない。あの忌まわしい記憶のフタをあけるんだ。

富士の麓

さかのぼること40年まえ、東京で知りあい結婚した僕の両親は、山梨県の甲府市で小さなスナックを営んでいた。

東京から車で3時間。その平らな地形と広大な空き地に恵まれた甲府市は、日々、東京から運び込まれる大量の産業廃棄物であふれていた。

高くそびえるゴミの山は自然発火して空へ白い煙を漂わせていた。僕たちは冬になるとそこに集まり暖をとりながら、煙の向こうに透けて見える富士山を眺めていた。

母蒸発

僕が8歳のときに母は失踪した。周囲の大人たちは母は蒸発したと言った。「蒸発」が、水が気体に変わる現象だという事は知っていた。

ひとが蒸発する。

僕はその言葉に込められたメッセージと、人間が気化ていくイメージに深い恐怖をおぼえた。

両親の不仲の原因、そして母が失踪した理由は僕にもわかっていた。それは、お店で売っていたアルコールのうち、およそ60パーセントを父が自分で消費していたからだ。

匂いと記憶

僕は母がすぐ帰ってくると思っていた。なぜなら、身一つで失踪した母は、すべての所持品をそっくり置いたままだったからだ。タンスの中には安物のドレスが何枚もぶら下がっていた。

しかし母はもう帰ってこない。

そう悟ったのは半年後、夏休みの初日だった。学校から帰った僕は、いつものように誰もいない家のカギを開けて2階への階段をあがった。そしてタンスの引き出しを開けて、中から母のハンカチをとり出した。

薄暗い室内は、初夏の熱気がこもって蒸し暑かった。僕はハンカチに鼻を押しつけた。そこには、たしかに母の香水の匂いがした。

それからというもの、僕はいつもポケットに母のハンカチを忍ばせていた。そして、ひとりぼっちの気分になったら、とり出して匂いを嗅いでいた。

白いハンカチ

ある日、学校の帰り道に、僕はあぜ道で和服姿の女性と出会った。その人は、なにかの拍子で泥に汚れてしまった着物のすそを手で何度もはらっていた。

僕は女性に近づくと、ポケットからハンカチを出して無言で差しだした。

見るからに貧乏で薄汚れた少年が、ポケットからまっさらな白いレースのハンカチを出した。女性は「ひっ」と叫ぶと、痛めた足を引きずりながら足早にその場をたち去ってしまった。

残された僕は、ハンカチの匂いを思いきり吸い込んだあと、それを用水路の水の流れに投げ込んだ。

母からの電話

高校生になると、母がうちへ電話してくるようになった。元気にやっている?声が聞きたくて…そんな言葉からはじまる、ぎこちない会話に、僕は、自分が母に対する興味を失ってることを知った。

そして最後には、10万でも20万でもいいから送金してくれと頼まれた。僕は口座番号をメモ用紙に書き留めて、受話器を静かに置いた。

それから毎月、母は月末になると少しだけ返済をしてきた。しかしそれも、送った金額の半分くらいが振り込まれたところでパタリと止まった。

もう母とは会うことも、そして話すこともないだろう。貸したお金の残額は忘れることにした。

それから1年が過ぎたある日、電話が鳴った。母であった。元気にやっている?声が聞きたくて…僕は軽いめまいと既視感に襲われながら曖昧な相づちをうっていた。

ところで、お金を送ってほしい。

10万でも20万でもいいから、明日振り込んで。口座番号は…

そこまで聞いて、僕は、もう送れないよと応えた。とても小さな声だったから、聞こえたかどうか分からなくて、もう一度ハッキリ言おうと息を吸い込んだ瞬間、電話が切れた。

僕は、ツー、ツー、と鳴る受話器を耳から離して大きく息を吐き出した。

そして受話器を置こうとしたとき、握りしめた左手が固くこわばっているのに気がついた。腕が細かく痙攣して動かなかった。指をいっぽんづつ剥がさなければ受話器を離すことができなかった。

それ以来、母とは会っていない。20年経つけれど、まだ生きているかもしれないし、あるいは死んだのかもしれない。

斗比主閲子の姑日記

文章を書くひとはみな口を揃えて「書くことによって昇華される想いがある」と言います。

僕は文章を書くこと、そして読むことによって幼い日の自分と対話しているのかもしれません。ハンカチを捨てた子ども、受話器を握りしめた少年は、今も僕の中に生きています。

トピシュさんがご指摘されたように、僕は理想の母親像をどこかに探しているのかもしれません。そして「斗比主閲子の姑日記」を、母というより、ある種、メンターのように感じながら見ていました。

それは「なぜ?」が無いからです。

僕の母は「なぜ?」だらけの人でした。トピシュさんの文章に「なぜ?」はありません。想像の余地がないんです。いつも事実だけを述べて憶測がひとつも入っていない。

僕のことも、アラを探せば、もっとひどいことがあったはずです。しかし論点を一歩も踏み外すことなく、事実のみを真っ直ぐな文章で書かれていました。だから余計に重く刺さります。むしろ恥ずかしい部分だけを抜き出してくれた方がよっぽど軽かった。

それが「斗比主閲子の姑日記」であり、トピシュさんの人柄だと感じています。



ひとつだけ言い訳すると、僕は古いタイプのネットユーザーなのです。僕の中でネットは今でもアナザーワールドです。VIPで泣き、VIPで笑い、そしてモナーを愛した無垢なネイティブのままです。

僕はあの頃となにも変わっていません。変わったのはインターネットでした。もちろん変化に適応する方法は模索しています。今のネットと折り合いをつけなければいけない、ということも理解しているつもりです。



どうか、そっと見守ってくださるよう、よろしくお願い申し上げます。