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散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

比較文化批判。なんでも比較して語るのはやめよう

こんちは。ライターのチルドです。

先日、お葬式に行ってきたよ。今日はそこで起こった出来事から、比較する事について話そうと思う。

亡くなったのは父方の遠い親戚で、故人と僕とはまったく面識が無かった。だけど二日酔いの父は「外せない用事がある」って神妙な顔で言うし、姉は「多忙を極める」ってまくし立てるから、けっきょく僕がわが家を代表して参列することになった。

会葬者は40名ってところ。周りには見知った顔もなくて、場違いなとこに居る気持ちでいっぱいだった。だから香典を渡したらすぐに引き上げるつもりだった。

それが、せっかく来てくれたからって引き止められてしまって、僕は、見知らぬ人たちに混じって食事をするはめになってしまったんだ。


http://www.flickr.com/photos/98528214@N00/3635051156
photo by Furryscaly

見知らぬ人々との会食

僕はふだん外食をしないんだよ。どこのなんとも知れない料理に抵抗があるからね。ところが、その席ではきちんとした料理が出てきた。恐る恐る口をつけてみると、思いのほか美味しい。

聞けばここらでは有名な老舗の料理店に頼んだという話しだった。僕はナルホドと頷いて、素材の風味を生かした薄味のそれを、一品ずつ味わいながら口に運んでいた。

そのとき僕の対面に座っていた女性が、不意に口を開いた。そしてこう言った。

「なんか食べてる気がしないね。これなら吉野家の牛丼のほうがマシよ」

それを聞いて僕の心臓は鼓動をやめてしまった。一瞬、目の前が真っ暗になった。そしてふたたび動き出したときには、ノーメイクで薄汚れた50がらみのおばさんが口を歪めて笑っていた。

似て非なるもの

僕は、自分の舌が肥えてるとか、繊細な味覚を持っているとは思わないよ。僕だって吉野家の牛丼は好きだし、近所のラーメン店にも月に一度は食べに行ってる。

だけど、この料理はそれらとは違う文化の中で育ったものなんだよ。おなじ「食」だけど、同列に比較できるものじゃない。周りも僕と同様に感じたらしく、しばらくの間、誰も喋らずに微妙な空気が流れていた。

供された物に不満があったからって、公然と不平を口にする神経も信じられないけど、安価な良品を持ち出してさらに貶める発言には唖然とさせられた。

そんな一幕だった。

不満を比較対象にすり替える

これって実はインターネットでもよく見かける。ちかごろのネットでも類似する書き込みが目立つようになった。彼らは自分の物差しがすべてで、自分が気に入らないと、あらゆる物と比較して貶めようとする。

ある物に不満があると、べつのある物を引き合いに出して貶める。不満があるなら率直に言えばいいのに、自分はあくまでも善意の第三者を装おうとする。

なんでも比較しているから議論にもならない。商品にしても、価格コムの方が安いから値引きしろと言う。じゃあ、最初からそっちで買えよという話だよ。

この傾向は、インターネットがより現実に近くなったからだと思う。端的に言えばお金のことなんかで、人気になればなるほど妬む人間も出てくる。

いちいち相手にしてもしょうがない、とは感じるものの、古き良き時代のインターネットを知る僕にとっては、とても悲しいことだ。




んじゃ、またね。