読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

散るろぐ

千載具眼の徒を待つ

何歳までが許容範囲?僕と彼女の年の差

暮らし

こんにちは。チルドです。

今日は彼女のこと話そうかな。

これって、僕だけの問題ではないから、ブログに書くの、ちょっとためらっていたんだよ。でも、お互い独身だから大丈夫だよね。


http://www.flickr.com/photos/13347206@N07/1448449274
photo by rayhue


みんな運命の出会いを信じてる?

僕は信じてないよ。というか、科学的に証明できないことは、ぜんぶ偶然の積み重ねだと思っているんだ。

生まれたとき

僕は富士山が見える街に生まれた。そして彼女は、山口県に生まれて、福岡で生活していた。

…そう、生活していたんだ。彼女が20代で働いていたころ、僕はまだ生まれたばかりだった。赤ちゃんだった。

2つの偶然

人生において、偶然はもっとも重要なファクターだと思わない?

ひとつ目の偶然は、僕の両親が別れたこと。10歳のときに僕の両親は離婚してしまった。

それが原因で、僕は父親の実家がある福岡県に引っ越すことになった。

ふたつ目の偶然は、彼女との出会いだった。 長い人生、無事に生きていれば、さまざまな人と出会うよね。

僕と彼女も、そんな旅の途中、一瞬だけのすれ違いだった。普通なら、そのまま素通りしてしまうのだけど、なぜか立ち止まった。

聞くところによると、彼女は、僕の父の実家の近くに住んでいて、親しい近所つきあいをしていたらしい。

そこで僕達は出会ってた。僕が0歳。彼女が28歳の冬だった。

その年、父の父(僕から見ると祖父)が亡くなって、父は家族みんなを連れて、お葬式に帰って来ていたんだね。

その時に一度会っていたんだよ。

僕は、将来この人と付き合うことになる…なんて記憶はもちろんない。言葉すらしゃべれなかった。

20年後に再会したことを、彼女はとても驚いていた。その話を聞いた僕は、ふざけて「やぁ、久しぶり」って言ってみたんだけど、彼女は冷ややかだった。

僕はたまに人を不愉快にしてしまう。

旅の途中

それから、ときどき言葉を交わすようになった。職場が同じ施設内にあったから、毎日、顔を合わせていたんだ。

その繋がりで旅行へ行った。昭和の日本では親睦会の延長みたいな、団体旅行をする奇妙な風習があったんだよ。

その旅行の途中、2人きりになったとき、僕は彼女にキスをした。お酒が入っていたから、軽い気持ちだった。年が離れていることも知っていたから、その場かぎりのスキンシップだったのかな。

だけど、彼女はどんどん前進してしまって…。僕にも気持ちはあったけど、特定の誰かと仲良くなんて、なりたくなかった。

人と関わるようなことは御免だった。なぜって、彼女が気高いライオンだとしたら、僕は臆病なウサギだったから。肉食、草食というような比喩ではなくて、僕は持つことが怖かった。

家族も愛も幸せも、なにも欲しくなかった。手に入らないことじゃなく、所有したあとに、それを失うのが怖かった。

大切な想いを収めるのに、人って器は脆すぎる…。そんなふうに考えていた時期があったんだよ。いわゆる中二病なのかな。

だから僕はいつも逃げ回ってた。毎日、街の中でカーチェイスをした。だけど、僕がどんな無茶をしても、彼女は追いかけてくるんだ。このひと本気だって思った。

それからはずっと一緒。雨の日も風の日も、天気が良い日も悪い日も…。

あれからもう20年も経ってしまったんだね…。

年齢差

僕が20歳で彼女は48歳だった。親子ほどの年の差って、男の人にはありがちだけど、逆は見かけないから、どうなのかな…。

気持ち悪いと思う?

個人的には、年齢を気にすることはなくて、そもそも僕は、出会ったひとの年齢や容姿、バックグラウンドに、それほど頓着しないんだよ。興味があるのは、それがどう作用して、その人の現在を形成したのかなってところ。

恋愛対象になるの?って気もするけど、僕にとって彼女は、異性であり、母であり、娘であり、またある時は兄妹だった。

今後について

僕は、10代のころ、海外生活や、ノマド的な暮らしに憧れたりもしてた。だから、今の若い人たちの雰囲気は、なんとなくわかる。

僕と同世代でも、そんな暮らしをしていた人がいたみたいだけど情報が少なかった。情報を探したり、容易にシェアできる時代ではなかったんだ。

日本に生まれたアドバンテージを活かして、海外で生活する、円が弱くなればポジションを変える、というように、生き方の幅を広げたのがインターネットじゃないかな。

なぜそんな話をするかというと、僕の中には、ノラ猫体質とでもいうべき、気まぐれな性格があるからなんだ。特定の誰かと、同じ時間を長く共有するには向いていない性格だと思う。

でも、偶然出会ったひとが、それを理解し、適度な距離感で近くにいてくれた。それがたまたま年の離れた彼女だったんだよ。

ともあれ、彼女がいくら若く見えても、確実に年をとり、おばあちゃんになっていく。いまさら別れるなんて想像もつかないし、理屈じゃなく側に居たいと思う。

彼女は僕と違ってお金遣いが荒くて…。良いモノを手に入れるのに、お金を惜しまないんだよ。主に食材だからそれほど高額にはならないけれど。

だから、幾らかのお金は必要なんだ。何歳になっても好きな食材を、好きなだけ買わせてあげたい…。

こう書くと、ただの料理好きなおばあちゃんみたいに聞こえてしまうから、彼女の名誉のために補足すると、若かりし日は、大きな商社に勤めていたんだよ。兄妹、親戚も、良い大学だったり、大きな会社だったり。僕なんかと接点がひとつもないお嬢さんだった。

偶然って不思議だよ。

だけど、こうしてふり返ると、僕は自分の人生を生きられているのかなって、ときどき疑問も感じる。子供も持てなかったし、先にひとりぼっちになってしまうし…。

それでも、僕は、彼女が大好き。

自分のために生きても、彼女のために生きても、僕の本質は変わらないんだ。