ちるろぐ

ここが僕のアナザースカイ

自己と対峙し精神の調和を成さんとする魂の修練

私が在席していた高校はエリートを数多く排出する、有名私立高校であった。

裕福な家庭に育った私は、中学もろくに通わず、独学で勉学に励み、その学校に受かった。学費は祖母が気前よく寄付してくれた。

入学した初年度の夏、伝統行事であるオリエンテーションが開催された。九重連山の山懐にいだかれた険しい山中で、自己と対峙し精神の調和を成さんとする魂の修練である。

無論、全員参加が義務付けられていた。不参加の理由は一切認められない。しかしそれを断固として受け入れない男がいた。友人の賢治である。賢治いわく「ダルい」。私はその一言に彼の信念を見た。無駄な弁解をしない男気を感じたのである。

賢治を失った我々は、学園さし回しの大型リムジンに乗り込み、一路、九重連山を目指した。車中は終始、重い沈黙に包まれ、誰一人として口を開く者はなかった。

現地に到着し、車外へ飛び出すと、むせ返るような深緑の息吹に包まれた。見渡す限りの樹木と未整備の荒地。文明社会から隔絶された大自然が我々一同を飲み込んだ。

材料を極限までコストカットしたログハウスに案内された我々は、講師の劣化したプレゼンを神妙な面持ちで聞いていた。講師はいきなりで恐縮だがと前置きし、我々に山を彷徨えと命じた。

各自にマップが配布されブリーフィングが行われた。A 地点から出発し、BCDEF、各ポイントのスタンプを捺印、ふたたびA地点へ戻るというシンプルなミッションであった。

我々は小規模なグループに分けられ、5名×60組、総勢300名で一斉に山中に分け入った。私の小隊は、ナオト、藤松、入江、ブーニャン、そして私の5名であった。

我々はすぐに散り散りとなった。各マップにそれぞれ別のルートが記載されていたようで、気がつけば周りはグループのメンバーだけになっていた。道は想像以上に荒れており、しばしば進行方向を見失った。

ブーニャンが早々に体力を消耗し、遅れをとりはじめた。私はブーニャンに声をかけ、活を入れるなどして、隊列についてくるよう叱咤激励した。その時、先頭を歩いていたナオトが、地面から何かを引き抜いていた。

ナオトが言った。この矢印を向こうの獣道に刺しておこうと。藤松が歓喜の雄叫びをあげた。ブーニャンが微笑んだ。私は満面の笑みで親指を立て、力強くハイタッチを交わした。ナオトの可能性の芽を摘む権利はない。しかし頭の片隅には一抹の不安がよぎっていた。

結局、私達のグループは全体の10番目くらいにゴールした。その後、続々と帰還し、残すは3グループとなった。私は内心怯えていた。あの矢印が想像以上の成果をあげているのではないか。見事に引っ掛かっているのではないか。そう思った。

そのとき、こちらにひとりの講師が近付いてきた。私は内心の動揺を抑えるのに必死だった。ブーニャンは地べたに座り込み足のニオイを分析している。ナオトと藤松は丈夫そうな木の枝を打ち合い、本気で殺陣の稽古をしている。

講師は、私の目をのぞきこみ、言った。あいつら遅えから先に飯の準備をしろと。私はナオトと藤松にさよならと声をかけ、ブーニャンを伴って炊事場へ向かった。

私は粛々と米を研いでいた。ずらりと並べた、飯合に小分けしてフタをする。単調な作業に集中しながらも、想いはあの矢印に漂う。ブーニャンは口笛を吹いていた。そのメロディは、禁じられた遊びではなくキリングミーソフトリーだった。

ほどなくして、失踪していた3グループが戻ってきた。講師のきびしい叱責を受けているという。私は、気の毒に思いつつも、無事でいてくれた事に胸をなでおろした。



あれから、あの矢印はどうなったのだろう。

誰かが元に、修正してくれていると祈らずにいられない。今でもときどき思い出している。矢印の指し示す、けもの道の先を。


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